中山秀征、25年のMC術の極意は“プロレスイズム” ナンシー関の酷評も心の糧に

中山秀征、25年のMC術の極意は“プロレスイズム” ナンシー関の酷評も心の糧に

 中山秀征(50)と聞いて、どんな姿を思い浮かべるだろう。若い世代であれば『シューイチ』(日本テレビ)や『ウチくる!?』(フジテレビ)に出演する「日曜日の顔」としてのイメージ、少し上の世代になると『DAISUKI!』(日本テレビ)で飯島直子や松本明子と3人ではしゃいでいる様子といったところか。このように、どの世代にも“MC”としての印象が強い中山だが、それもそのはず。実は現在の年齢のちょうど半分、四半世紀をMC業に捧げてきているのだ。

■苦境を救った関西の大物タレントたち ナンシー関の酷評も「評価のうち」

 本格的にMC業を始めた1992年、中山と松野大介が1985年に結成したお笑いコンビ「ABブラザーズ」が、別々の道を歩むために自然消滅した。「その手前くらいから、ダウンタウンやウッチャンナンチャンなどの『お笑い第3世代』の波が一気に来た。僕らはデビューしてすぐにテレビ中心の活動をしていたので、彼らと勝ち抜き方式のネタ番組で一緒になると、正直4週目くらいでネタが尽きてキツかったんです」。加えて、中山はテレビ、松野は小説と、それぞれの関心が分かれてきた時期でもあった。

 「コンビでもう一回ネタを考えようとしていたんですけど、当時のマネージャーから『コンビとしての負けを認めろ』と言われました。『ただ、それぞれ個人としての可能性はこれからだ』ともおっしゃってくれて、ちょうど松野ともビジョンがハッキリしてきていた頃でもあったので、ピンとして活動することを決めました」。

 コンビ時代と比べて、仕事量が減った中山にとって大きな支えとなったのが、関西の番組への出演。「上岡龍太郎さん、やしきたかじんさん、島田紳助さんの番組によく出させてもらいました。東京の番組であれば、順番にゲストに話を振っていくのですが、関西は待っているだけでは振ってくれない。いいタイミングで、自分から話に入っていけるかどうかなんです。『チャンスは自分でつかめ』ということはすごく勉強になったし、いいスパーリングにもなりました。MCの技術としては、上岡さんのクドくなくて一発でスッと本題に入っていく話術は、すごくカッコよくて未だに印象に残っています」。

 上岡さん、紳助さんの番組でアシスタントとして活躍する中山は、1992年に街ブラ系の深夜バラエティー『DAISUKI!』2代目MCに就任。「コンビとして、相方と一緒に最後にゲスト出演したのが『DAISUKI!』だったので、運命的なものを感じました」。共演者の飯島直子、松本明子の魅力を引き出しながら、楽しそうに3人でロケを行う様子は好評を博したが、耳の痛い意見が多かったのも事実。とりわけ痛烈だったのが、消しゴム版画家にして、当代きってのテレビウォッチャーとして辛口の批評を行ってきたコラムニストのナンシー関さんだった。

 「ナンシーさんには『ゆるいバラエティー番組を作った男』とか、毎週のようにボロクソ書かれていました。ちょうど、80年代半ばくらいに前田日明さんが格闘技色の強いUWFという団体を立ち上げて人気があった。それに応じて、テレビの世界も『ロープに相手を振ったら返ってくる』みたいな従来のプロレス的なものから、関節技や打撃が中心でガチな空気が漂うUWF的なものに移ってきた。ナンシーさんもUWFのスタイルが好きだったと思うので、僕みたいにプロレスをやり続けている人間は好きじゃなかったでしょうね」。

■アントニオ猪木に学んだMC術 “生涯テレビタレント”にこだわる訳

 それでも「悪評も評価のうち」と自らを鼓舞してきた中山。その真意について「UWFのようなスタイルでやると、プロが見たら『面白い!』ってなるんですけど、やっぱりあれは1ヶ月に1回くらいのペースじゃないとできない。いろんな尺度があると思いますけど、僕は『テレビに出続けることが大事だ』と考えていたので、プロレスをやり続けた。だから、ナンシーさんの酷評に対しても『全員の考えを変えることは無理だから、オレは自分が合っていると思うことをやろう』と考えるようになりました」と言葉に力を込める。「テレビはプロレス」という信念のもと、アントニオ猪木の戦いからMC術を体得した。

 「どんな相手が来ても、相手の技を全部引き出して60分フルタイムで戦う…そんな猪木スタイルが好きでした。プロレスもテレビも『フルタイムのショー』という意味では同じだと考えていて、全員の力が発揮できるように立ち回れる技術が大切。それができるのが一流のプロレスラーだし、テレビで活躍し続けることができる人だと僕は信じています。僕もプロレスラーの友人がたくさんいますが、やっぱりプロレスが一番スゴいんですよね」。

 「相手の個性が光るように…」の一心で、テレビというリングで戦い続けた25年間。ネット業界の参入、YouTuberの台頭など、テレビを取り巻く環境は厳しくなってきた。「YouTuberみたいに、ひとりで映像作りを全部やるっていうことも文化だと思いますが、こっちはチームでやっている以上、誰ひとりとして『つまらなかったね』で帰ってほしくないという気持ちがある。これからもテレビにこだわっていきたいですね」。なぜ、そこまで“テレビ”にこだわるのか。そう尋ねると、穏やかな表情が鋭い視線に変わった。

 「僕らが小さい時に見ていたあのキラキラしたテレビの感覚が忘れられないので、そういうものの一部でも残したりとか伝えたりする役割でありたい。テレビがあっての今日なんだっていうことですよね。いろんなジャンルがあると思いますが、僕は生涯テレビタレントでいたいです」。

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