梅宮クラウディア、アンナ、百々果が16日放送のフジテレビ系トーク番組『ボクらの時代』(毎週日曜 前7:00)に出演。3世代トークが初めて実現した。

 去年12月12日に慢性腎不全のため81歳で旅立った梅宮辰夫さん。先日、四十九日を終えたこと、そして娘のアンナが「落ち着いて話せるようになった、階段を一段上がれたかなと思う」タイミングということで、3人で亡き父についてテレビで初めて語ることになった。孫娘・百々果は18歳に。バラエティー番組の出演経験はあるものの、このようなトーク番組に登場するのは初めてとなる。

 収録の場所に選ばれたのは、東京・銀座の鉄板料理「銀座うかい亭」。辰夫さんが愛した名店の1つだ。アンナは「去年9月か10月に一緒に来て、ここでお肉食べたんだよね。お客の中でも一番レアで食べていたと思う。レアよりも生の“ブルー”で」と和やかにトークがスタートした。

 百々果さんが生まれて、梅宮家は一変。アンナさん「離婚して良かった。百々果がいなかったら、こんなに家族と一緒にいなかった。パパにとって百々果は“命”だった。私は核家族が多い中、“サザエさん一家”に憧れていた」と語る。百々果は「じっじ(辰夫さん)は何でも買ってくれた。タコと遊びたいって言ったら、タコが家に」と笑い、アンナは「百々果が金魚すくいがしたいって言ったら、大きなプールを買ってきて、100匹くらい放していたよね(笑)。なんでもかんでも買わないでって言ったら、(辰夫さんが)『お前ひがんでいるんだろう』って」と微笑ましいエピソードを明かした。

 辰夫さんが、百々果の送り迎えも「俺が行く」と率先して育児に参加。百々果が幼稚園くらいの時にプールでおぼれかけた際、辰夫さんが1番に飛び込んだエピソードも。クラウディアは「1番、愛情が深かったわね」と話し、百々果も「海水浴に行っても、4〜5時間でもずっと私を見張っているの。『おーい、ももー、こっちにおいでー』って」と懐かしんでいた。都内のインターナショナルスクールに通う百々果は、高校生活を「超楽しかった」とする。日本の厳しい学校に通ったアンナは、俳優の娘として“色眼鏡”で見られていたと感じ、百々果の学校選びには慎重になったという。百々果は今、アメリカの大学を目指しており、キャンパスライフを今から楽しみにしているという。アンナが「芸能界に興味は?」と聞くと「ない」ときっぱり。その理由が初めて明かされる。

 また、アンナさん、百々果さん共に「芸能人一家に生まれてうれしかった」という超大物有名人に会えたエピソードをそれぞれ明かし、懐かしむ場面も。百々果が、父親がいなかった生活を振り返りつつも「じっじがいたから、100%お父さんがいなかった、というわけではない」と力強く語った。

 アンナは「家で男がパパだけ。犬も全部女の子。でも男1人でも大丈夫なのよね。いつもロマンチストだった」と語るほど、辰夫さんはあらゆるものへのこだわりが強かった。カレーやしゃぶしゃぶ用の肉の盛り付けひとつでも『丁寧に!』とよく怒られていた3人。雑誌を切り抜き作ったオリジナルのレシピ本は、18冊にもなった。アンナは「梅宮辰夫という人は、こだわりぬいていて、好きなことをやっていて、人から愛されていたんだな。本当に几帳面、まじめ、約束は破らない。待ち合わせはいつも15分前だった。亡くなって、皆がいい人だったよね、と言ってくれる。ありがたいです」としみじみ。

 クラウディアは「私は、何もしなくて良かった。ごはん1つかき回すのさえ嫌だったのね、うるさかったよね」と笑い、アンナは「マミーが大好きだから結婚したんだよね。『お帰りなさいませ』っていう奥さんは絶対嫌だ。待たれるのも嫌って言っていた。ママたちを見ていて結婚はいいな、とも思った」とする。そして、話はアンナの恋愛にも広がり、百々果が母の恋愛について感じていることを厳しくコメントする場面も。百々果がアンナに「いい恋愛はあった?」と聞くと、アンナさんは、意外な答えをする。

 4年にも及んだ闘病生活も明かす。アンナは「4年間、闘病生活があって、十二指腸を取ってから体重が増えなくなって。去年3月に透析が始まって…。どんどん身動きが取れなくなってね。心も破壊されていったのかな、って思う」と話し、クラウディアも「悔しかったんでしょうね」と振り返る。

 アンナは「もっと優しかったはずなのに」と、透析が始まってからは辰夫さんが今まで見たことのないような一面を見せたといい、「もし時間が戻るなら…」と、家族として辰夫さんにどんな治療をさせたかったか、語り始める。亡くなった当日、クラウディアがアンナに電話をかけたが、出られなかった。百々果が朝5時にアンナさんの部屋に入ってきて、「じっじが死んじゃったよ」と聞かされた。アンナは「無我夢中で、なぜか犬(4匹)を抱っこして、車に放り込む感じで乗せて(辰夫さんの自宅のある真鶴に向かった)。あの日、連れていく必要はなかったのに。でも、ワンちゃんたちも会えて良かったのかな、って。最後の最後は、病室のベッドで亡くならずに、大好きな真鶴で心臓が止まったから、よかった」と告白。そして、最後にじっじにもう一度やってあげられるとしたら何だろう?と3人で考える。それは、辰夫さんが去年から希望していたが、叶わなかったある夢だった。


 2年前に、都内の自宅を手放し神奈川・真鶴に引っ越した辰夫さんとクラウディア。アンナは「マミーは1人がダメなんだよね。じっじもマミーも人が家にいるのが好きだったから」と語り、クラウディアは「人がいないと嫌。さみしいもの」と答えると、アンナがクラウディアさんに「1人で何でもできるようにならなければダメ」と励ます場面も。

 アンナは運転しながら、そしてメーク中もよく泣くという。クラウディアは、毎日泣いてしまうといい、友人から「大丈夫?」の電話にさえ泣けてくるという。百々果は冷蔵庫を開けた瞬間、泣いてしまった。それぞれの辰夫さんへ感じるさみしさが明かされていく。アンナは「家族で良かった、パパが良かった、本当に良かった。スーパーマンみたいだった」と、納骨を前に、改めて自分たちが抱く悲しみについてある思いを共有する。妻、娘、そして孫3人が「泣かないつもりだったのだけど…」としながらも涙する。初めて明かされる、クラウディア、アンナ、百々果のスーパーマン“じっじ”への思いは見逃せない。