世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。日本でも海外でも、安穏な暮らしが戻るには、まだまだ時間がかかりそうです。ところで、新型コロナが現れてから、欧米人もよくマスクをするようになりました。日本ではかねてより、花粉症の人や風邪の人はマスクを着けますし、感染病予防のためにマスクをする人もいたわけですが、マスク着用が欧米社会にも広がったのは、まさに「新型コロナによって」です。今回は、この「マスク」にまつわる文化の違いについて考えてみたいと思います。

新型コロナに脅かされる生活がすっかり世界の「日常」となってしまった今、欧米でもマスク姿の人は珍しくもなんともありません。しかし、つい何か月か前の「新型コロナ以前」の欧米社会を思い出してみると、欧米人のマスクというものに対する「アレルギー」は相当なものでした。

筆者は以前より、予防のためにマスクをすることがしばしばあったのですが、マスクを着用している日に、仕事などでうっかりドイツ人に出くわしてしまうと、必ずといっていいほど彼らからツッコミが入ったものです。「この間、会った時もマスクだったね。本当に君はマスクが好きなんだね」と皮肉を言われることもあれば、意味ありげに「君は本当に日本人なんだね」と言われたりと、とにかく「余計な一言」が多かったと記憶しております。また、何も言わなくても、けげんな顔をしてこちらを見る人もいました。

日本国内にいるドイツ人でさえそうなのですから、ドイツ国内でのマスクに対する人々の拒否反応はすごいものでした。私自身、勇気がなくて、現地でマスクをして歩いたことはありません。それもそのはず、新型コロナが現れる前のドイツでは、マスク姿というと、銀行強盗もしくは不審者というイメージでした。欧米人にとって「相手の顔が見えない」というのは、怖くて不気味なことだったのです。

「顔が見えないのが怖いはずなのに、なぜ欧米ではサングラス姿の人をよくみかけるの?」と反論がありそうです。これには様々な理由がありますが、その一つに、日本人も欧米人も互いに意識していない「礼儀」や「美意識」の問題が挙げられるかと思います。

欧米人は主に「口」で表情を作るので、顔の下半分が見えないと、相手の表情が分からず怖い、不気味だと感じる傾向があるようです。そのため、「顔の下半分」を隠すのは、相手に対して失礼であり、礼儀に欠けている、というとらえ方をする欧米人が多かったのです。

逆に日本では、「サングラスは失礼」だと考える人が多いです。筆者が日本に来たばかりの頃、プールサイドにあるカフェでアルバイトをしていたのですが、屋外であったためにまぶしくてサングラスをしていたら、「サングラスで接客をするのは失礼」と怒られました。ただし、サングラスを外すと、まぶしくて目を開けていられなかったため、「目が弱いんです」と説明をし、サングラスをしてもよいことになりました。この時に、「日本ではサングラスをするのは『失礼』に当たるんだ」と知って、目からうろこが落ちる思いでした。

確かに日本ではサングラスというと、「どこかカジュアルで、くだけたイメージ」があります。そのため、目上の人と会う時や接客時などは、サングラス姿はふさわしくないというのが日本人の共通認識です。日本では、不良や反社会的な人が「目の表情」を相手に悟られないためにサングラスをしているという説もあったりするので、この辺りの話はなかなか奥が深そうです。

筆者は、この「目の表情」というのが日本的で面白いなと思いました。というのも、ヨーロッパでは意外にも、日本ほど「目の表情」にはスポットライトが当たりません。なので、屋外であればお堅い場であっても、サングラス姿は失礼ではありません。ただし、屋内でのサングラス姿は、日本と同様に不審な印象を与えるので、やめておいたほうがよいでしょう。

欧米の「サングラスがOK」の背景には、白人は瞳の色素が薄い人が多く、太陽の光に敏感だという事情もあります。