『君の名前で僕を呼んで』(17年)で一躍ハリウッド最注目の美青年スターとなったティモシー・シャラメが、Netflixオリジナル作品の『キング』で、実在の英国王ヘンリー五世を熱演した。いや、この映画のヘンリー五世は歴史上の人物とは言えないかもしれない。本作はウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』をベースにしつつ、俳優のジョエル・エジャートンと監督のデヴィッド・ミショッドが大胆なアレンジを加えたものだからだ。

キアヌも演じたヘンリー五世とは?

まず、史実のヘンリー五世とシェイクスピアの戯曲の関係性について説明しておきたい。ヘンリー五世は父ヘンリー四世の長男で、1413年に父が病死して25歳でイングランド王位を継いだ。父の代から続いていた内乱を収めると、支配権をめぐって百年戦争が続いていたフランスに侵攻し、フランスの王位継承者の指名を勝ち取ったが、1422年に遠征先のフランスで病没した。34歳だった。

『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』を含むシェイクスピアの歴史劇の大半は、基本的にラファエル・ホリンズヘッドが編纂した『年代記』の第二版(1587年)を元ネタにしている。しかし物語として成立させるためにさまざまな脚色が施されており、歴史劇というより“史実を題材にしたフィクション”と考えた方がいい。

戯曲『ヘンリー四世』において、ヘンリー五世はイングランド王ヘンリー四世の放蕩息子、ハル王子として登場する。巨漢の老騎士で追いはぎのフォルスタッフとつるみ、悪ふざけのような生活を送っているが、それも王位を継ぐまでのことだと割り切っていて、父王が死ぬとヘンリー五世として即位し、親友であり、時に父親のような存在でもあったフォルスタッフを追放するのである。そしてヘンリー五世が、かつての仲間との縁を断ち切り、イングランドの指導者としてフランスに侵攻するのが戯曲『ヘンリー五世』の物語となる。

『ヘンリー四世』のハル王子のエピソードを、そのまま現代に置き換えて引用したのがキアヌ・リーヴスとリヴァー・フェニックスが共演したガス・ヴァン・サント監督作『マイ・プライベート・アイダホ』(91年)だ。キアヌもリヴァーも男娼を演じているのだが、キアヌの役どころは市長の息子で、父の事業を継ぐべく、男娼仲間と別れを告げる。年若い男娼たちを束ね、彼らを搾取しながらも慕われているボブというキャラクターが、フォルスタッフの役割を果たしているのだ。

女王が愛した道化キャラ、フォルスタッフ

フォルスタッフはシェイクスピアが生み出した架空の人物だが、笑いを呼ぶ道化であり、権力や名誉を嘲る哲学者であり、シェイクスピアの時代から非常に人気が高い。史実かどうかは定かではないが、女王エリザベス1世は『ヘンリー四世』の舞台を観てフォルスタッフをおおいに気に入り、フォルスタッフが主人公の恋愛劇を所望したため、シェイクスピアは番外編的な『ウィンザーの陽気な女房たち』を書いたという逸話もある。

『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』(Blu-ray・DVD 発売中) ©Mr.Bongo Worldwide 2015 All Rights Reserved.

映画史上に残る傑作『市民ケーン』(41年)で知られるオーソン・ウェルズもフォルスタッフに並々ならぬ思いがあり、『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』(65年)という映画で監督兼主演を務めた。同作は『ヘンリー四世』ほかシェイクスピア作品から、主にフォルスタッフとハル王子に関わる部分を抜粋して構成され、『マイ・プライベート・アイダホ』と同様に王子のフォルスタッフとの訣別に焦点が絞られている。

戯曲からの改変点、キャラクターの新解釈

映画『キング』の話に戻ろう。本作で監督のデヴィッド・ミショッドとジョエル・エジャートンが脚本を執筆したことはすでに触れた。二人が試みたことは、決してシェイクスピア作品の映画化ではない。彼らの狙いは、シェイクスピアが描いたハル王子とフォルスタッフというキャラクターを借りてきて、自分たちなりの解釈とアレンジで、新たに物語を語り直すことだったろう。

実際、『キング』は多くの点でシェイクスピアの戯曲を下敷きにしているが、登場人物には独自の性格付けがされ、おおまかな展開以外はオリジナルストーリーと言って差し支えないくらいに異なっている。『ヘンリー五世』は1944年にローレンス・オリヴィエが、1989年にケネス・ブラナーが映画化しており、それぞれに違う解釈がなされているが、『キング』はシェイクスピアの戯曲から大きく飛躍して、現代性も加味した最新のアップグレードバージョンと言っていい。

戯曲からの一番大きな改変点は、ジョエル・エジャートンが演じるフォルスタッフのキャラクターだ。シェイクスピアの描いたフォルスタッフは、陽気で狡猾で大ぼら吹きで、戦場では戦うのはまっぴらだと死んだふりをしてやり過ごそうとする。しかし『キング』のフォルスタッフはまったく違う。騎士から盗賊まがいの境遇に落ちぶれた、ハル王子の放蕩仲間であることは同じだが、即位したヘンリー五世(=ハル王子)に請われて、軍事参謀としてフランス遠征に参加するのだ。

劇中でフォルスタッフの過去が具体的に描かれることはない。ただ、戦場での経験から騎士として生きるのをやめ、そして相当な覚悟を持って再び戦場に赴く決意をした、ということはうっすらとだが分かる。彼の決意には、過去の贖罪の意味もあれば、ハル王子との疑似親子的な絆ゆえということも伝わってくるが、具体的に言葉で触れられることはない。フォルスタッフ=道化という従来のイメージとは真逆に近い。

ハル王子=ヘンリー五世も、新解釈によって陰影の深い人物に生まれ変わった。ハル王子は王位継承者である現実を避けるかのように放蕩生活を送っていることは変わらないのだが、反乱軍のヘンリー・パーシーに一騎打ちを挑むのも、弟を守り、無用な流血を避けるためだ。その真意もつまびらかには説明されないが、ハル王子は明らかに戦場を知っていて、殺し合いの連鎖を倦んでいる。本作のハルは、王になる意義を見つけようと苦悩しているナイーヴな若者なのだ。

“戦争と権力”にまつわる重厚なサスペンス

イギリスではヘンリー五世は英雄的な存在として人気が高いと聞く。シェイクスピアの『ヘンリー五世』で、フランスとの決戦の前に兵士たちを鼓舞する演説は、いまも愛国心を盛り上げる名スピーチとして引き合いに出されることが多い。ところがシェイクスピアの複雑さは、『ヘンリー五世』という戯曲を英雄的な王が誕生する物語にも、人間性を失って冷酷な王になっていく男の物語にも解釈できるように書いていることだ。例えば前述したローレンス・オリヴィエは『ヘンリー五世』を英雄譚として、ケネス・ブラナーは戦争批判を込めて映画化したと言われている。

しかし、シェイクスピアの原作に忠実であろうとする限り、解釈の違いはあっても、ひとことひとことの台詞や場面のトーンは原作寄りにならざるを得ない。ミショッド監督とエジャートンは、あえてシェイクスピアの戯曲から距離を取ることで、“戦争と権力”というもともとの戯曲が備えていたテーマ性を発展させようとしている。

『キング』では、ハル王子もフォルスタッフも、現代風に言うなら戦場PTSDを抱えて苦しんでいる人物だ。しかしハルは王子(もしくは王)である責任感から戦地に身を置かざるを得なくなり、フォルスタッフはそんなハルを放っておくことができない。どちらも戦争を体験したがゆえに、戦場から離れることができない悲劇性を帯びているのだ。本作の戦闘描写に華麗さや高揚感がなく、ただただ陰惨で凶暴な殺し合いである姿を晒していることからも、『キング』という映画が何を描こうとしているのかが如実に伝わってくる。

さらに政治サスペンスの要素を加えたことで、もうひとつのテーマ“権力”についても考察が深まった。シェイクスピアの描く史劇は、結局のところ、陰謀と裏切りが繰り返される権力争いの連続だ。『キング』では、ヘンリー五世のまわりに張り巡らされる陰謀や、政治的な駆け引きをさらに複雑化させて描くことで、シェイクスピア史劇の持つ虚無感を増幅させ、権力の空虚さをあぶり出してみせている。

リアリズムに立脚した重厚な映像もあいまって、なんとも見応えのある映画に仕上がった『キング』。決して歴史物やシェイクスピアがキャッチーに響く時代ではないが、映画的なダイナミズムに満ちた傑作に仕上がっているので、食わず嫌いをせずにぜひ触れてみていただきたい。

文/村山章

配信情報 Netflix映画『キング』

未来の英国王でありながら王室の一員としての暮らしを拒み、何年もの間、民衆に混じって自由気ままに生きてきた王子ハル(ティモシー・シャラメ)。しかし、国王である父の死後、ヘンリー5世として王位を継承した彼に突き付けられたのは、これまで避けていた厳しい現実。親友であり年老いたアルコール依存症の騎士ジョン・フォルスタッフ(ジョエル・エジャートン)との関係を通して、王室の過去のしがらみに悩みながらも、戦争と混乱の時代にヘンリー5世が成長する姿を描く。
監督:デヴィッド・ミショッド
脚本:デヴィッド・ミショッド、ジョエル・エジャートン
出演:ティモシー・シャラメ、ジョエル・エジャートン、ロバート・パティンソン、リリー=ローズ・デップ、ショーン・ハリス、ベン・ メンデルソーン
Netflixで独占配信中
公式サイト:https://www.netflix.com/theking

DVD情報 『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』

Blu-ray:4800円(税抜) DVD:1800円(税抜)
発売中
アイ・ヴィー・シー
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