映画コメンテーターでおなじみの伊藤さとりさん。舞台挨拶、会見の司会をはじめ、テレビや雑誌でも邦画・洋画を問わず、映画の魅力を伝え続けて25年。心理分析を通じて映画を語るなど新たな分野にも挑む伊藤さんが、忘れられない出来事と語る東日本大震災と舞台挨拶をめぐるエピソード、そして人生を変えた1本の映画を、映画業界の人たちと映画人生を語りあう 「映画は愛よ!」の池ノ辺直子がうかがいました。

心理分析で人と映画をつなげる

――最初に、前回の最後で予想してもらったアカデミー賞の話からしましょうね。伊藤さんの予想が大当たり!『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー作品賞を見事、受賞しました!

皆に、今までのアカデミー賞の流れでは”受賞は難しい”と言われていましたが、作品のクオリティを考えたら『パラサイト』しかないと思っていたんです。もう、アメリカファーストの時代という考えから、社会的な意味も込め、世界のお手本になるアカデミー賞になることにしたんですよね。歴史的瞬間でした。映画が社会を変えるという証になりました。『パラサイト』受賞は心から嬉しいです!

HOLLYWOOD, CALIFORNIA – FEBRUARY 09: Bong Joon-ho accepts the International Feature Film award for ‘Parasite’ onstage during the 92nd Annual Academy Awards at Dolby Theatre on February 09, 2020 in Hollywood, California. (Photo by Kevin Winter/Getty Images)

――よかった!よかった!アジアの時代だよ。それでは、前回に引き続き話を聞かせてください。 伊藤さんは今、舞台挨拶の司会だけじゃなくて、映画について書いたり、しゃべったりされていますが、心理分析もされていますよね? これはどうして始めたんですか?

小学生の頃から、いじめられてしまう友人がいたり、心の相談をされることが多かったのも大きな要因です。そしてもちろん、『羊たちの沈黙』みたいなサイコホラーを好きだったこともあります。そのせいで、高校生の頃からずっと犯罪心理学に興味があったんです。でも、どうやったら勉強できるんだろう? と思ってたの。心理学を勉強すれば、映画をもっと深く観る勉強にもなるしね。というわけで、仕事の合間に心理カウンセリングの学校に通うようになったんです。

―― 卒業すると、資格をもらえるんですか?

お免状をもらえるんですよ。精神科医の先生にはなれないけど、カウンセラーにはなれるんです。

―― カウンセラーになって開業しようとは思わなかった?

卒業するときに「カウンセラーは人の話を聞くのが大事だから、あなたはそれはすごく長けているんだけど、あなた自身はポジティブ・オーラが全開だから、心が傷ついてる人はあなたと話すと辛くなる」って言われたんです(笑)。

―― でも、人の話を聞くことには長けてるって言われたわけね。

だから、コーチングとかをやりなさいって言われて。それから片手間にやる仕事ではないと。それで私は映画を通して人の心が柔らかくなったりするような、心理カウンセリングのライトな部分をもっと身近にやれたらいいなと思うようになって、心理テストを作ったりしています。

―― そこから興味を持って、映画を観てもらうのはいいことですものね。

そうなんですよ。アート系の映画は色彩心理とかも使っているから、そういう見方もできるようになって面白いですよ。

―― やっぱり、人とお話するのが好きなんですね。

私は話を聞き出すのが好きですね。でも、それは人と話すのが好きじゃないと出来ないから、きっとそうなんでしょうね。

震災で知った映画の力

―― 仕事を続けてきた上で、忘れられない出来事はありますか?

来年で東日本大震災から10年になるんですよね、あのときって映画が止まったの憶えてます?

―― テレビでも映画館でも宣伝は何もやっていませんでしたね。

ラジオだけは映画を通じてエンターテインメントを残そうとしていたので、映画番組も続きましたが、舞台挨拶は震災後、休業になったんですよ。

――お客さんが来ないから?

不謹慎かもしれないからって映画会社が止めたんです。私は3月12日に『塔の上のラプンツェル』の司会をするはずだったんですけど、出来なくなって。3月12日に初日を迎えるはずだった映画は、1週か2週遅れで舞台挨拶をやって、それ以降は約2か月間、司会が休業状態になったんです、映画会社の意向で。

―― じゃあ、伊藤さんも仕事がなくなった?

そうです。私とかスタイリストの友達は、舞台挨拶が無くなるとヒマになるんです。それで部屋に集まって、「私たちの仕事って、こういうときには何の役にも立たないかも」って話をしてたんですよね。そんなときに東宝から『GANTZ PERFECT ANSWER』の舞台挨拶を仙台でやろうと思うと言われたんです。そのときはどこも映画の舞台挨拶をやっていなくて、どこが最初にやるのかって状況だったんですけど、東宝の人が舞台挨拶を再開するなら、最初に仙台へ応援に行こうと。

―― キャストのみなさんも一緒に仙台へ?

二宮和也さん、吉高由里子さん、松山ケンイチさん、佐藤信介監督と一緒に。東京から新幹線で移動したんですが、これは宣伝活動ではないからってことで、事前の告知はしなかったんです。仙台駅からはワゴンバスに乗って、仙台が今どういう状況かを見せられたんですよ。崩壊した家や道を目にした後で、着いたのがショッピングモールの映画館なんですけど、半分崩壊してるんです。どうやってお客さんを呼ぶのかなと思ったら、ショッピングモールのアナウンスで今から舞台挨拶やりますって伝えたんです。だから、偶然チケットを買っていた人はラッキー。サプライズでやったんです。

―― みなさん喜んだでしょうね。

もうね、あの光景は今でも忘れられない。自分の娘の写真を持ったお母さんが、ニコニコしながら客席に座ってるんですよ。私たちは神妙な顔で行くじゃないですか。そうしたら向こうは満開の笑顔で「来てくれてありがとう」って迎えてくれて。このときに、映画で人を元気にするという上からの考えを捨て、エンターテインメントって、こうやって、人と繋がるきっかけを作ったり、時に人の心を幸せにするんだって気づいた瞬間でしたね。

―― 二宮和也さんの素敵なエピソードがあるんですってね?

そうなんです。「さとりさんはツイッターやってるんだよね?だったらこの光景(モールの駐車場に集まってこちらに手を振るファンの人たちの姿)を撮ってアップして」と言われたんです。きっと、自分もちゃんとみんなを見てるよ、手を振ってくれたことに感謝がいっぱいだということを伝えたかったんです。

―― そういう経験をした後は、司会としての立ち方に変化はありましたか?

すごく変わりましたね。ただ司会で喋るんじゃなくて、役者さんや監督の伝えたいことをしっかり言ってもらえるように誘導できる存在、船でいうとコンパスの役割りでいたいと思うようになりましたね。

―― あれから10年が経とうとしていますが、あのとき福島第一原発で何が起きていたのかを描いた映画が公開されますね。佐藤浩市さん、渡辺謙さんの『Fukushima 50』。この映画の舞台挨拶でも伊藤さんはMCをなさっていましたね。特別な思いがあったんじゃないですか?

そうなんです。佐藤浩市さんには、以前、原田芳雄さんのお通夜で会った時に、「伊藤ちゃん、俺たちみたいなのが、これから日本映画を背負ってく存在にならなきゃいけないんだよ」と言われていたし、渡辺謙さんは『硫黄島からの手紙』や様々な作品でご一緒した時、謙さんが裏で「映画で社会と繋がることが日本映画でも増えて欲しい」と話していたこともあり。そんなお2人と、あの東日本大震災の原発での実話がベースになった映画でしたから。ワールドプレミアの時は、お二人から事前に「打ち合わせしたい」と言われ、舞台挨拶の内容を、重くなり過ぎず、かつ、しっかり思いを伝えるステージにしたい、と伝えられ、一緒に構成も考えて下さったんです。映画や人へ誠実な先輩達です。

――何気なく見ている舞台挨拶も、伊藤さんが俳優さんたちと作り上げていっているものなんですね。

私は長年やっているから、俳優、監督さん達も知り合いとして、気さくに接してくれることも多く、感謝しています。だから、映画に真摯に向き合っていたり、観客を楽しませたいと思う俳優さんほど、アイデアを投げかけてくれたりもします。そんな時は、宣伝の人達と話し合って、台本も変えたりして、結果、良い舞台挨拶になるんですよね。

映画と共に駆け抜けた25年と原点

―― この仕事を始めて25年になるそうですが、あっという間じゃなかったですか?

そうですね。今も年間400本とか観るんですけど、その代わり映画しか観てないんですよ。私に朝ドラの話とか聞かないでください(笑)。インタビューするときに、あのドラマに出てた人でって聞くと、慌ててネットで調べますね。

―― いっぱい映画を観ていたら、面白くない映画だってあるじゃない? そういう映画も面白そうに言わなきゃいけないわけでしょう?

それがね、私は面白いように言わなきゃと思わないんですよ。正直に言うと、つまらないと思った映画は、Twitterでも記事でも書かないと決めているんです。ただ、司会で立ったときは、今度は逆に面白いぐらいに質問できちゃうんです。

―― 逆に、訊きたいことが出てくるのね(笑)。

監督も「よくぞ訊いてくれた」って言ってくれたりして(笑)。話を聞いているうちに、私も面白かったのかもしれないって思い始めるんですよね。だから意外と疑問に思ったところがある映画のほうが、いっぱい訊きたいことが出てくるんですよ(笑)。

―― 最近は配信の映画がありますけど、そういうのは観るんですか?

観ます!Netflixを観てると、やっぱり面白いんですよ。『マリッジ・ストーリー』なんて最高ですよね。でも『アイリッシュマン』はね、Netflixじゃなくて映画館のアップリンクで観ましたよ。あの長さは家だと耐えられない(笑)。

―― 最後に、人生の中で一番の映画を教えてもらえますか?

やっぱり、人生変えられちゃったと思ったのは『ラ・ブーム』なのかな?  日本公開が1982年だから、私が小学5年か6年生のときなんです。今日は、そのレコードを持ってきました(笑)。

―― 映画を観て、レコードまで買っちゃったのね。

映画を観る前に予告編を観て惚れちゃったんです。主題歌の『愛のファンタジー』が流れる予告で初めて恋愛映画にキューンときたんですよ。それで小学生ながら限定版をゲットしにわざわざ渋谷まで行ったんですよ。

―― それまでは恋愛映画はまだ分からない頃よね。

私はそれまでは『スター・ウォーズ』にハマりまくっていて(笑)。『セーラー服と機関銃』を観て薬師丸ひろ子オマージュで、ベリーショートカットにしたりしていたときですから。

―― 大人になりかけた頃に、こんな恋愛映画があるのかと思ったわけね。

中1でピアスを開けたのは、『ラ・ブーム』のソフィー・マルソーになりたいと思ったからですね(笑)。ここからオタク化して、追っかけも始めるんです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『グーニーズ』のキャストが来日すると、サインをもらいに行くような中学時代だったんです。その火をつけてくれたのが『ラ・ブーム』で、それが今の私の原点ですね。

インタビュー/池ノ辺直子
構成・文/吉田伊知郎
撮影/江藤海彦

プロフィール 伊藤さとり(いとうさとり)

映画パーソナリティ

年間500本以上は映画を見る映画コメンテーター。ハリウッドスターから日本の演技派俳優まで、記者会見や舞台挨拶MCも担当。全国のTSUTAYA店内で流れるwave−C3「シネマmag」DJであり、自身が企画の映画番組、俳優や監督を招いての対談番組を多数持つ。また映画界、スターに詳しいこと、映画を心理的に定評があり、NTV「ZIP!」映画紹介枠、CX「めざまし土曜日」映画紹介枠 に解説で呼ばれることも多々。TOKYO-FM、JFN、TBSラジオの映画コーナー、映画番組特番DJ。雑誌「ブルータス」「Pen」「anan」「AERA」にて映画寄稿日刊スポーツ映画大賞審査員、日本映画プロフェッショナル大賞審査員。心理カウンセリングも学んだことから「ぴあ」などで恋愛心理分析や映画心理テストも作成。著書「2分で距離を知事メル魔法の話術」(ワニブックス)。

伊藤さとり公式HP:https://itosatori.net

作品情報 『Fukushima 50』

2020年3月6日(金)公開
監督:若松節朗
出演:佐藤浩市、渡辺謙 、吉岡秀隆、安田成美
原作:門田隆将『死の淵を見た男  吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)
配給:松竹、KADOKAWA
Ⓒ 2020『Fukushima 50』製作委員会
公式 HP: https://www.fukushima50.jp/