新型コロナウイルスの影響により、本来であれば新年度のスタートとなる4月、多くの幼稚園や保育園が休園を余儀なくされました。今年は大きく時期がずれ込んでしまったものの、緊急事態宣言の解除に伴い、6月にしてようやく、実質的な“新年度”を迎えられた園も少しずつ増えています。「連絡帳」のやりとりが始まったところも多いでしょう。

 新年度といえば、担任発表です。連絡帳を開いてみると、乱れた字に短い文章が書かれていて「ガーン! はずれだ!」とショックを受けている人も多い時期だと思います。ママ友間の茶飲み話で「今年の担任ははずれだった」「当たりだった」といった会話が飛び交っているのではないでしょうか。

文章量が多いのが、よい先生?

 私は「きれいな文字で、文章量がぎっしりと多いのがよい先生」とは考えていません。幼稚園・保育園送迎時の保護者対応にたけていたり、きれいな文字で長い文章を書いたりする先生は確かに、保護者からの人気が出る傾向にありますが、「親受けのよい先生」が「子どもにとって最高」かどうかは分かりません。

 たとえ、大人を相手にするコミュニケーションが苦手でも、子どもと向き合うのは得意な先生かもしれませんし、連絡帳をきめ細かく書く暇がないくらい、子どもと関わることに対して優先的に時間を使っている先生かもしれません。

 私は保育園で働いていたことがあります。連絡帳を、子どものお昼寝の時間に書く保育士もちらほらいました。子どもたちが起きてからだと、記入する時間がなかなか取れないからです。となると、午後からの活動のことは書けません。中には、「お昼寝後のお散歩では、砂場に行きました。楽しく遊べてよかったです」などと想像で書いている保育士もいました。

 また、簡潔に「公園で走り回っていました」「友達のことをじっと見ていました」と事実だけ書いてしまうと、「先生はそれがよいことと思って書いているのかしら? それとも反対の意味?」と保護者が不安になってしまうので、細やかな場面描写や保育士の感想も、整った文字で書こうとします。そうなると時間がかかる上、長い文章になってしまっていました。

 仮に、1人分を書くのに3分かかっていたら、3分×20人分で計60分。忙しい保育の時間に、この1時間を捻出するのは至難の業です。親はわが子の分だけ書けばいいのですが、先生はそうはいきません。連絡帳の文章が短くても「その分、子どもと十分遊んでくれているんだろう」と捉えてみてはどうでしょうか。「給食後、大便をしました」といった短く、乱れた文章だけで“はずれ先生”と決めつけないようにしましょう。

 小学校に入学すると「書写」の授業があります。書写の時間は先生がお手本を書くというよりは、教科書に載っている、正確で美しい文字を手本に勉強します。そのため、たとえ先生の字が下手であったとしても、手本を書くわけではないので問題ありません。むしろ、まるで虫眼鏡で見るように真っ赤に採点する先生や、眠たくなるような授業をする先生の方が、学習意欲がなくなってしまいかねません。

 同様に、幼稚園・保育園の先生に対しても「文字が汚くて、文章がきめ細かくない=指導力がない」とは捉えない方がよいでしょう。

親が心掛けるべきこと

 私の息子は知的障害を伴う自閉症児ですが、文字は読むことができます。

 幼い頃は連絡帳を気にしていなかったようですが、小学校に入学してからは「お母さんは、何か悪い報告を書いているのではないか」「僕が昨日暴れて、家の中の物を壊したことを書いているのではないか」などと思うようになったのか、連絡帳を熟読するようになってしまいました。同時に、支援者や先生からのコメント欄も気にするようになったのです。

 それ以降、私は本当に伝えたいことが連絡帳に書けなくなりました。どうしても伝えなくてはいけないことは電話で伝えていたので、だんだん、連絡帳があまり意味を持たないものになっていき、保護者欄に書く文章も短くなっていきました。ただ、たとえ短くても「読みました」と分かるよう、連絡帳に何かしらの記入はしていました。それは、息子が保育園の時代から続けていたことです。

 仕事とはいえ、保育者は大変な状況にあります。子ども一人一人の顔を思い出しながら、その日あったことを連絡帳に書いています。それなのに「保護者欄」が未記入だと、翌朝、連絡帳を開いたときにガックリきてしまいますし、「(親は)読んでいないのでは?」と誤解されることもあります。

 こうしたやりとりが続けば、「どうせ読んでくれないのだから、『今日も元気に変わりなく過ごしていました』と適当にお決まりの文章を書いておけばいいや」と考える保育者も出てくるかもしれません。

 親側はニコニコマークでもネームはんこでもいいので、少なくとも「はい、読んでいますよ」ということを示す印を書いておきましょう。連絡帳の内容に反応することで、相手に「それを大事だと思っている」「優先度の高いものだと考えている」「いいかげんに考えていない」と伝わりますし、早い行動は「相手をないがしろにしていない」という好印象を与えます。

 入園希望者が殺到する幼稚園で、抽選ではなく願書の受け付け順に合格者を決める園もありますが、これも「熱心な家庭の子どもを優先させたい」という園側の気持ちの表れかもしれません。「愛情の反対は無関心」という言葉もあるくらい、人には皆、「認めてもらいたい」という承認欲求があります。だから、無視されると嫌なのです。

 長年、多くの保護者と関わってきて感じていたことをまとめてみました。皆さんはどう思いますか?