今年度からスタートした小学校のプログラミング教育必修化。しかし、新型コロナウイルスの影響で全国的に3月から5月まで休校が続き、分散登校などから少しずつ実質的に1学期がスタートしたのが6月。休校期間の穴を埋めるべく、平日の授業や土曜登校などを増やし、まずは子どもたちの生活を軌道に乗せることに向き合う教育現場。あっという間に1学期も終わってしまいそうだ。同様に、プログラミング教育の進行も当初の予定通り、とはいかないだろう。そもそも、「プログラミング教育」とは!? 「コンピューターに指示を出すプログラムを作る」のがプログラミングだが、「プログラミング教育」=「プログラムを作るスキルを教える」ではなく、その内容については、教育現場でも試行錯誤のようだ。

 そんな中、東京ガス主催の「プログラミング教育と和食の共通点」をテーマにした講演会が、7月8日、東京都内で行われた。小学校のプログラミング教育、情報活用能力などの研究をする東京学芸大附属竹早小教諭の佐藤正範氏と、テレビでの料理教室やドラマの料理監修などでも活躍する、江戸懐石近茶流嗣家の柳原尚之氏を講師に、このテーマをひもとく講演となった。

 教育現場に求められているのは「プログラミングを教えること」ではなく、「子どもたちのプログラミング的思考を育む」ことだという。文部科学省は、「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組み合わせをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」(H28.6.16小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について、議論の取りまとめ)と掲げている。

 柳原氏は、この“プログラミング的思考”と“調理的思考”を、「自分が食べたいものをつくるために、どのような食材の組み合わせが必要であり、一つ一つの下準備を、どのように組み合わせたらいいのか、調味の組み合わせをどのように改善していけば、よりおいしくなるのか、といったことを論理的に考えていく力」と落とし込んだ。

 佐藤氏は、「今の子どもたちは、スマートフォンが当たり前に存在する中で生まれ育ち、それが壊れたときに、修理されて戻ってくるのではなく新品が渡されるような環境にいる」と指摘。例えば、エアコンのスイッチを入れると涼しい風が出てくる経緯は子どもたちにとっては“ブラックボックス”だが、そのブラックボックスを“モデル化”(着目している事柄の特徴や、同じような複数の事柄に共通する性質を、抽象的な模型=モデルとしてとらえること)すると、物事の見え方が変わってくることを解説。日常生活のより身近な例として、子どもに買い物を頼むときにも、「カレーを作るのに必要なもの」という漠然とした形から一歩進み、量や食材の種類などを具体的に考えさせるなど、「具体的なこと」と「抽象的なこと」を行ったり来たりして考えることが、論理的思考を育てていくとアドバイスした。

 この日、プログラミング的思考力を育む和食料理の実演として、柳原氏が選んだのは、「近茶流 追い込みちらし」。ニンジン、しいたけ、油揚げなどのちらし寿司の具を一つの煮汁で煮て、食材の味を次の食材に移していく“追い込み煮”という調理法で、日本料理の伝統的考え方の一つ「五色」(青・赤・白・黒・黄)にもこだわった色鮮やかな逸品を披露した。「気持ち一つで味は変わります」と柳原氏。料理をする上で、食べる人たちの年齢や食べる分量を考えたり、味付けや栄養面から調理法を考えたり、おいしそうな見た目や栄養バランスにつながる食材の色彩を考えたりなど、たくさんの要素から選択をし、挑戦と失敗をしながらゴールに到達してほしい、と話した。

 講演会前の打ち合わせでは、「プログラミング的思考と料理には共通点がある!」と意気投合したという2人。プログラミング的思考である「課題解決に向き合う上でのさまざまな選択」「トライアル&エラー」などにおいての鍵となるキーワードが、「人」と「心」だったという。

 世界中がコロナ禍など予想もしなかったころから、“先の見えない時代”という表現がよく聞かれた。コロナ禍により、1カ月後、半年後、1年後・・・などより近い未来の先行きにも雲がかかっている。何を目標として、目標達成のために何をやるべきかを考え、失敗を恐れないこと。プログラミング的思考は、子どもたちが元気に自分の道を切り開いていく鍵になるかもしれない!