コロナ禍をきっかけに働き方を変えたという人は多い。だが、根底にある「年功序列」「終身雇用」といった昭和的価値観が日本人の生産性ひいては「稼ぐ思考」の醸成を阻害しているとも言われる。そんな日本人の労働環境は世界からどう見られているのか。

プログラマーの酒井潤氏は神学部卒の文系でありながら独学でプログラミングを学び、現在は、全米給与ランキング4位の米国Splunk,Incでソフトウェアエンジニアとして勤務。また、副業でUdemyのプログラミング講師も務め、年収1億円を実現した。

本稿は、酒井氏の著書『シリコンバレー発 スキルの掛け算で年収が増える複業の思考法』(PHP研究所)より、シリコンバレーの事案に見る「働き方改革」を紹介する。

※本稿は、『シリコンバレー発スキルの掛け算で年収が増える複業の思考法』 (PHP研究所)の内容を抜粋・編集したものです。


給与第一で仕事を選んで何が悪い

給料で会社を選ぶことは間違っているでしょうか?

シリコンバレーではもらえる給与が段違いに高いです。米Googleの平均年収は19万1000ドル。これに加えて毎年約10万ドル分の株がもらえます。

Googleで働く社員が特別優秀だから、これだけの高所得が得られるわけではありません。優秀な方ももちろん多いですが、そうでない人もいます。シリコンバレーで働く人たちは総じて給与が高いのです。

私自身の給与は、会社との契約上明記できませんが、日本企業で同じ仕事をしていたとして、その5倍は給与に開きがあると思っていいでしょう。

アメリカには「新卒採用」という制度はないので、スキルがあるかないかで年収が決まります。プログラミングができる学生が初年度の年収が1000万円なんて例はざらにあり、むしろ安すぎるくらいです。

私は、高い給料のためにシリコンバレーで働くことが決して悪いとは思いません。

アメリカと日本の労働観の違いを見れば、その理由は明らかです。

一般的に日本の労働者は「やりがい」を求めます。一方、アメリカの労働者にとって大事なのは「給与」です。豪遊したいからではなく、高い給料をもらっていれば単純に好きなことができるからです。

アメリカ人には、「働くことは人生を豊かにするための投資である」という考え方が根底にあります。中学校で投資について学ぶ授業が行なわれるほどです。高い給与のために働くことに罪悪感をまったくもたないのです。

「そんなことはない。アメリカにはドネーション(寄付)文化が根付いており、他人や社会のために働いているのではないか」と思われる方もいるでしょう。

それは大きな勘違いです。

彼らが寄付をする理由は、ほとんどの場合、税金対策です。それに加えて多額の寄付をすれば、たとえばスタジアムに自分の名前がつくといった社会的価値も大きい。十分すぎるメリットがあるから寄付しているだけです。

日本で「世のため人のため」が美徳とされている一方で、寄付文化が根付かないのは、税制的価値も社会的価値も高くない(売名行為だと、逆に後ろ指を指されることもある)からではないでしょうか。

繰り返しますが、社会や人のためにお金を使うのは、後回し。まずは自分が豊かな暮らしをするために、給料を稼ぐ。そのために仕事を選ぶのは何ら悪いことではないのです。


「スタンフォード流」「Google流」は正しいか

では、給与第一の働き方を続けたいかというと、そういうわけでもありません。

日本人的な考え方と、アメリカ人的な考え方のちょうど「中間」の働き方。これが最強だと思っています。

汗水垂たらして人のため、社会のために働くことに意義を見出す日本人的な考え方と、人を使って効率的に働き稼ぐアメリカ人的な考え方。「大金を稼ぐ」重要性を理解しながら、同時に「人のために働きたい」という想いをもつ。

この相容れない2つの考え方をもち合わせるのです。

もう少しかみくだいて説明しましょう。

日本では、1日8時間、残業を含めるとさらに多くの時間を仕事に費やします。すると誰もが、仕事に「やりがい」を求めるようになります。家族と過ごす時間やプライベートの時間より、仕事をする時間のほうを楽しもうとするわけです。

こんな極端な考え方がまかり通っているから、日本中でワーカホリック、メンタルダウンの社員が続出するのです。

一方で、年功序列や終身雇用が幻想となりつつある日本では、急激にアメリカ的な働き方が奨励されるようになってきました。

「スタンフォード流」「Google流」なんて言葉が多くのビジネス書のタイトルに書かれるほど、アメリカ流を踏襲する風潮は強くなっています。これもやや極端です。今日までに普通に日本流で働いていた人が、明日からアメリカナイズした働き方に転換できるとは思えません。