映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、役者家系に生まれた中村梅雀が、祖父や父とどのように芝居で対峙したかについて語った言葉をお届けする。

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 中村梅雀の祖父・中村翫右衛門は歌舞伎の世界から出て劇団前進座を創立。戦前から山中貞雄監督などの映画にも出演、多方面で活躍した名優だった。

「物心ついて舞台を観にいくようになった段階から、僕にとって中村翫右衛門という役者が断トツの存在でした。心にギュンギュンくるものを持っているんです。尊敬というよりアイドル。あんな人になりたいと思っていました。存在感から切れ味から、お客さんを魅了する声、動作、溜め。溜飲が下がるってこういうことだなというセリフ回し。全てにおいて、こんな人は観たことがない。他の役者はどうでもいいとすら思っていました。

 ただ、役者同士になったら、いまだにあんなに恐ろしい人はいません。《翫右衛門のムチ》という言葉が劇団にあるくらい厳しくて、スパルタなんですよね。絶対に教えないし、褒めない。

 でも、それ以上に自分自身に厳しい人でした。稽古初日には、台本を手放している。ホン読みでも、まだ誰もセリフを覚えていないのに覚えている。

 舞台に立っていない時は限界ギリギリまで疲れていて、出る直前まで寝ていたりするんです。それが舞台に出ていくと完全にアクセル全開状態でいけるところまでできあがっている。客席から観て《凄い》と思った以上に、凄かった。

 一時は真似しようと思いましたが、とうてい及ばないことが分かりました。追いつけない。ただ、僕の血の中には翫右衛門のDNAが入っている。拠り所は、それだけですね」

 父・中村梅之助は『遠山の金さん捕物帳』『伝七捕物帳』といったテレビシリーズやNHK大河ドラマ『花神』(七七年)に主演した、時代劇スターだ。

「死ぬまで相容れない父子でした。芝居の話になると、同じ解釈をしても表現が違うんです。すると『なんでお前はそうやるんだ。そうじゃないだろう。どう考えてるんだ!』とくる。僕が説明すると『お前は違っている』『できてない』って。

 僕が梅之助の完璧コピーをすれば梅之助は満足するんですけど、それは僕の満足ではないんですよね。梅之助を演じているだけなので。

 たとえば、梅之助が当たり役だった芝居を梅雀が継いでやることになった時、梅之助もお守りとして脇に出てくる。すると『違う』と干渉し続けるんです。でも、梅之助のコピーなら梅雀がやる意味はないと思っていたので、徹底抗戦しました。

 中村梅之助の根本はスターなんです。スター芝居。金さんであり、伝七であり、全て中村梅之助ブランド。その役を演じているのではなく、《役をやっている中村梅之助》なんですよね。

 ですから、脚本家は梅之助用に書いていますし、梅之助もやりたいように直します。そうした梅之助用に書かれた台本を梅雀用に変えていかなきゃいけないと気づきました。そうしないと太刀打ちできないし、やっていて気持ち悪い。『このセリフ回し、梅之助だよな。この役そのものではない』って。戦いました。完璧に戦い抜いた時、やっと評価されました」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。

■撮影/黒石あみ

※週刊ポスト2020年2月21日号