映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、女優の渡辺えりが、他者の人生を生きることについて目覚めたときについて語った言葉をお届けする。

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 渡辺えりは一九五五年、山形県に生まれる。子供の頃から友達の誕生日会などで劇の演出をし、早くに表現に目覚めていた。

「二歳ぐらいの頃にかくれんぼをやっていまして。私が鬼になって、みんな隠れたままいなくなっちゃったんです。その時に凄く寂しくて──言葉では理解できていなくて感覚としてですけど──人間って独りだということが分かったんですよ。

 そこに心配した祖母がやってきて、普通ならほっとするんでしょうけど、おんぶされて帰る時の背中が温かくて、この人も自分と別の人だと分かって。大泣きした記憶があります。

 人間っていうのは生まれて死んでいくという、刹那的な存在だと感覚的に感じた時に死ぬのが恐ろしいという思いに襲われて。他者の人生を生きることで、一回限りの人生ではないということを体現したいという感覚が生まれたというのが発端です。

 お誕生日会で脚本を書いて演出してみたら、それが好評で、中学に入る頃にはオリジナルの作品を作っていました。子供の頃から物語を毎日読み聞かせをしてもらっていて、その物語が終わった続きを自分で書く癖があったんです。鬼を成敗した後、桃太郎の子分である雉や猿はどうなったのか、とか。物語を作るのが好きだったんですね」

 高校では演劇クラブに所属、卒業後は上京してプロの役者を目指すようになる。

「絵を描くこと、歌を歌うこと、衣装をデザインすること──芸術的なことが凄く好きでした。それが全て入っているのが演劇でした。ですから、俳優の道を選んだというより、全てが一つという感じだったんですよね。

 高校一年の時に県民会館でやっていた文学座の公演『ガラスの動物園』に行きました。その主人公のローラが自分に思えたんです。自分の世界に閉じこもっている人間が人を救う。歪な人間でも生きていけると、凄く勇気をもらって。それで楽屋に行って演出の長岡輝子さんにお会いしたくなりました。

 すると高橋悦史さんがホウキで掃除をしていて、『あちらですよ』と親切に教えてくれて。その時に感動したんです。高橋さんは掃除をしている、主役を演じていた江守徹さんは荷物をトラックに運んでいる。こういう芝居を作りたいと思いました。役者が演じるだけでなく、全てみんなで一緒にやるという」

 上京して選んだ先は文学座ではなく、俳優の養成学校である舞台芸術学院だった。

「長岡さんにお会いして『役者になるには、どうしたらいいですか』と聞いたら、『役者に学歴は必要ないから、すぐに養成所に入った方がいい。あなたには山形訛りがあるから』と。

 それで大学に行かず上京して舞台芸術学院に入りました。なぜそこを受けたかというと、親に劇団の養成所を受けることを反対されたんです。劇団だとそのまま俳優になって何年も帰ってこなくなる。二年の舞台芸術学院なら卒業したらすぐ帰ってくると思ったのでしょう。

 とにかく父親が役者になることに大反対で、高校の三年間は喧嘩を毎日していました」

※渡辺えり出演舞台「有頂天作家」は4月2〜13日まで大阪松竹座で公演。

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。

※週刊ポスト2020年3月27日号