カメレオン俳優という呼称はおもに若手男性有望株への呼称として定着しつつある感もあるが、当然ながら女優にもそうしたタイプは存在する。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。

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『喜劇 愛妻物語』で毎日映画コンクール女優主演賞、『滑走路』と『喜劇 愛妻物語』で第94回キネマ旬報ベスト・テンや第42回ヨコハマ映画祭主演女優賞を獲得し絶好調の水川あさみさん。『喜劇 愛妻物語』は貧乏な夫婦が旅する物語で、うだつの上がらない夫に罵声を浴びせる妻を演じ、見事に栄冠を手にしました。

 かと思えば……資生堂アネッサの新CMでミューズに就任したばかり。誰もが認めるクールビューティーのイメージを維持。その一方で、「愛情一本!」で知られるチオビタドリンクのCMもインパクト大。こちらは寝起きのスッピン風で「私のウインナー、1本多いよ」「愛って意外なところにある」とウインナーを通して愛のありかを表現してみせる。

 貧乏な妻、大手化粧品のCMミューズ、そしてサラリーマン御用達の栄養ドリンクまで、振り幅がすごい。考えてみれば水川あさみという女優は不思議な存在です。売れっ子は何人もいるけれど、ここまで幅広く男・女に訴求できる人ってなかなか見当たらないのではないでしょうか?

 水川さんのビジュアルは切れ長の目に整った鼻筋で、メイクをすれば正統派美人。一方、性格的にはさばっとして爽快感があり、気取らない素顔が女性にウケる。日常感覚も持ち合わせていてそこらへんにいるおばちゃんにもなれる。

 イマどき男に媚びるだけの女優なんて相手にされないし、しかし開き直りすぎて個性派だとコアなファンはついても性別を超える幅広い人気にはつながらない。という意味で、全方位外交をできている水川さんは希有な存在です。しかも戦略を練っているという嫌らしさを感じさせず、とにかく一回ずつ目の前の役柄に全力投球している感じが、いい。つまり、最大の強みは「水川あさみ」という人のイメージが、一つに結ばないこと、固定化していないことでしょう。

 その好事例として、今まさに奇妙な人物に成りきっているドラマが『ナイルパーチの女子会』(BSテレ東・土曜日午後9時)です。原作は山本周五郎賞・第3回高校生直木賞を受賞した柚木麻子の同名小説。タイトルの「ナイルパーチ」は肉食魚で、いわば自分が棲む領域の他者を喰っていく、狂気じみた存在を暗示しています。

 ドラマの中で水川さんが演じているのが、美人キャリアウーマンの栄利子。仕事もバリバリこなし、プロジェクトも任されている。その栄利子とは対照的な、怠惰な専業主婦のブロガー翔子(山田真歩)と「友達」というキーワードでつながり始めると、次第に狂気が露出してくる。

 お金もルックスもポジションも何自由ないように見える栄利子。しかし実は友達がいないことがコンプレックスで「支え合えれば無敵の二人組になれるってずっと思ってた」と翔子に執着し、うっとおしいくらいつきまとい距離を縮め、ストーキング的破壊行為へと発展していく怖い寓話です。

 一番怖いのは、自分に問題があることを自覚せず周りのせいで自分がこうなったとばかり自己愛に耽溺し相手に共感を強制するサイコパス的な栄利子の人格。もちろんフィクションだから「ここまで気持ち悪い女友達なんて現実にはいない」と思いつつも、ふと「自分の型にはまれ」と同調圧力をかけてくる人の顔を思い出してぞっとしたり。水川さんはまさしく栄利子というヤバい人物になりきって新境地を拓いています。 

 女優は演じることが仕事なので実像について論じてもあまり意味がないかもしれませんが、水川さん自身は数年前に独立し個人事務所を設立。おそらく、役者としてやりたいことがはっきりとあり、独立してやっていく精神的なタフさも備わった人だろうと想像できます。一方、大阪出身の彼女はベタな阪神ファンの関西人で、2019年には芸達者で国民的人気俳優の窪田正孝さんと結婚して今や相思相愛の怪優夫婦。

 ……という、良い意味で把握しきれない「乱反射女優」。今後も想定外の人物に成りきってユニークな光を発し続けて欲しいと思います。