飯島直子(53才)が離婚していたことが明らかになった。飯島は2012年のクリスマスに、不動産会社を経営する男性と再婚したが、人知れず別れる決断を下していた。

 都心の一等地にそびえ立つ超高級タワーマンション。その高層階、約150平方メートルの部屋に住む主は、この部屋の広さが改めて身にしみていることだろう。飯島の知人が彼女の“変化”を明かす。

「親しい人にしか明かしていないようですが、離婚が成立したみたいです。夫だったAさんはすでに自宅を出ています。このマンションは、2004年に元カレと一緒に住むために彼女が買ったもの。彼と別れて電撃的な出会いをしたAさんとは長く住み続けると思っていましたが……きっとAさんが起こした2年前の騒動が原因なんでしょうね」

「元祖癒し系」として多くの男性を魅了してきた飯島だが、これが2度目の離婚となる。

 振り返ると、飯島の恋愛において、幸福な時間は長くは続かなかった。飯島は1988年、深夜番組『11PM』(日本テレビ系)のカバーガールとして芸能界デビューする。

「デビュー当初はセクシー系のタレントとして活動していましたが、1994年に缶コーヒー『ジョージア』のCMに起用されたことで、癒し系の地位を確立していきました。“ひと休みしよう”の彼女のセリフにファンは急増。街中に張られた彼女のポスターが剥がされて、持っていかれるほどでした」(芸能関係者)

 人気絶頂の1997年、飯島はTUBEのボーカル・前田亘輝(56才)と1回目の結婚をする。前田の大ファンだった飯島からのアプローチが、きっかけだった。

「結婚後、飯島さんは家庭を大切にしたいという思いから、仕事をセーブするようになりました。毎日料理を作っては、前田さんに尽くしていたようです。しかし、レコーディングやコンサートで多忙な前田さんとは夫婦の時間も少なく、子供にも恵まれなかった。すれ違いの日々が続き、2001年に離婚。離婚後、飯島さんは“がまんの4年間だった”と口にしていました」(前出・飯島の知人)

 一方、仕事面は順調で、離婚後、主要キャストとして出演したドラマ『恋を何年休んでますか』(TBS系・2001年放送)は高視聴率を記録。人気女優として仕事に邁進する中、次に恋に落ちたのは意外な相手、カリスマホストのBさんだった。

「飯島さんより13才年下で、歌舞伎町(東京)で有名なホストでした。飯島さんは連日店に通っては、高価なシャンパンを何本も入れるなど、たくさんお金を使っていました」(ホストクラブ関係者)

 飯島は売り上げでの貢献だけにとどまらず、彼と同棲するためにマンションを購入。それが冒頭のタワマンで、購入価格は約2億5000万円と報じられた。

「飯島さんはホストとして働く彼を応援してはいましたが、本心ではホストを辞めてもらいたかったんです。彼との結婚を本気で考えていましたから。そこで飯島さんはBさんをインテリアデザイナーの専門学校に通わせて、家具店を経営してもらおうと考えました。将来への線路まで用意する尽くしぶりでした」(前出・芸能関係者)

 だが、飯島の思いはBさんに届かなかった。

「次第に専門学校に通わなくなり、いわゆる“ヒモ状態”に。友人の説得もあり、2007年に破局しました。彼に尽くした金額は、数億円ともいわれています」(前出・芸能関係者)

なんでいつも報われないの

 Bさんとの破局後、飯島は尽くしても報われない現実に疲れ果てていた。そのときに飯島の前に電撃的に現れたのが、不動産会社を経営するAさんだった。1才年上のAさんと出会ったのは、2009年のこと。Aさんから交際を申し込まれたが、飯島は後ろ向きだったという。飯島は雑誌『ESSE』(2013年10月号)のインタビューで、当時の心境をこう振り返っている。

《結婚に懲りたわけじゃないし、結婚が悪いものだとも思わなかったけれど、もしも再婚するなら、自分でやりたいことを全部やり終えたあと、60歳くらいになってからかなあって》

 だが友人関係が続くうち、飯島はAさんの人柄に惹かれていく。周囲の猛プッシュもあって交際に発展すると、2012年のクリスマス、飯島は44才で再婚した。

「飯島さんが再婚を決意したのは、彼女のお母さんの後押しが大きかった。物腰が柔らかく、誠実そうなAさんのことをお母さんは一目見て気に入り、“信頼できる人がそばにいてくれると心強いわよ”と飯島さんに説き続けたそうです」(前出・飯島の知人)

 Aさんと再婚後、飯島は再び仕事をセーブして家庭に入ることを心がけた。Aさんの健康を考えて野菜中心のヘルシー料理を作るなど、“尽くしっぷり”は相変わらず。それに加え“夫を咎めない”ことも意識していた。

「Aさんは自宅に帰ると、洋服は脱ぎっぱなし。それを飯島さんが片づけるのは当たり前でした。でも飯島さんは、“これまでそうやって生きてきた人を、いまさら改心させるなんて無理”と言って、彼を甘やかしていたんです」(前出・飯島の知人)

 飯島の献身が、「どんなに忙しくても、いってらっしゃいと、おやすみのキスを3回する」という、ラブラブな夫婦生活を支えていた。

 しかし再婚から7年、現実は甘くはなかった。2019年10月、『週刊女性』がAさんと舞台女優(当時39才)の不倫をスクープ。2人が路上でキスをする写真も掲載された。同誌から不倫について直撃取材されたAさんは「否定も肯定もしません」と答え、飯島との離婚についての質問にはノーコメントだった。

 一方の飯島は出演したテレビ番組で夫の不倫報道を自虐的に触れ、笑いにするなど、“咎めない妻”を貫いていた。だが内心は、Aさんの裏切りに深く傷ついていたという。

「飯島さんは、夫の不倫を許すことができなかった。不倫報道直後から夫婦で話し合いを重ねた結果、離婚という決断をしました。飯島さんはAさんの姓から、旧姓の『飯島』に戻したと聞いています。離婚後の彼女は表情もすっきりしていて、新たな仕事への挑戦にも意欲を見せていました」(前出・飯島の知人)

 その矢先のことだった。前を向く飯島を大きな悲しみが襲った。

「お母さんが、今年の8月に亡くなったんです。ここ数年具合が悪く、飯島さんも仕事の合間をぬって看病を続けていました。離婚から数か月後のもう1つの“別れ”でした」(前出・飯島の知人)

 飯島は11月22日に福島県で開催される『地熱シンポジウムin会津若松』にゲストとして参加し、地熱資源が豊富な福島のこれからについて語るという。

「環境問題というのは飯島さんからイメージできないかもしれませんが、亡くなったお母さんの出身地が福島で、彼女にとって福島は第二の故郷のようなものなんです。天国のお母さんを安心させるためにも、今後はさらに活動の幅を広げていくのかもしれませんね」(前出・飯島の知人)

 つらい別れを乗り越え、飯島はゆっくりと歩き出そうとしている。

※女性セブン2021年11月11日・18日号