山田太一氏 脳出血で事実上の断筆宣言「もう原稿書けない」

山田太一氏 脳出血で事実上の断筆宣言「もう原稿書けない」

『男たちの旅路』『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』──テレビ史に残る多くの名作ドラマを生み出してきた脚本家・山田太一氏。久しく新作が発表されていないが、この間、自身に大きな変化があったという。老年時代を題材とした作品も多い山田氏が、83歳になった今、自身の「老後」について初めて語った。

 山田太一氏の自宅は、『岸辺のアルバム』(TBS・1977年放送)の舞台になった多摩川にほど近い、神奈川県川崎市の閑静な住宅街にある。妻の和子さんと2人で暮らしているというが、最近は2階の仕事場ではなく、1階のリビングで過ごすことが多くなったという山田氏。ゆっくりと噛みしめるように語り始めた。

「今はスムーズに言葉が出てこない状態です。一生懸命しゃべろうとはしているのですが……」

 山田氏が病魔に襲われたのは今年1月。自宅を出たところで倒れ、意識不明のまま救急車で搬送された。脳出血だった。

「倒れてから最初の3日間くらいは、まったく記憶がないんです。みんなビックリしたみたいですけど、僕はまったく覚えていないからビックリしようがない(苦笑)」

 和子さんによれば、それまでは病気知らずで、風邪もほとんどひいたことがなかったという。

「『病気になるのは、病気になりたい奴だ』って豪語していました(笑い)。病院も大嫌いで、『病院に行くくらいだったら、俺は死ぬ』って言っていたくらい。いまも定期的にリハビリに通わなければいけないのですが、『遠いし、行きたくない』なんて言うので、困っちゃうんです」(和子さん)

 退院したのは6月のことだ。言語機能は回復しつつあるが、脚本の執筆ができる状態ではないという。

「文字を書くにも簡単な手紙を書くのが精一杯で、すぐに疲れ果ててしまうんですよ。今はテレビドラマを観る気力も湧かなくて、テレビは夜7時のNHKニュースを眺める程度ですね。まだ右足も引きずっている状態ですから、『危ない』とひとりで散歩に出ることも許してもらえません。

 40年も前に高齢者を題材とした作品を発表してきましたが、当時はまだ40代で、高齢者の悩みは想像でしか描けなかった。僕は60歳を過ぎても老いを感じたことはほとんどありませんでしたが、今は死を身近に感じています。社会的には“弱者”になったのかもしれません。こうして病気で身体の自由も利かなくなってみると、思うところはたくさんあります」

◆諦める=明らかになる

 実は脳出血で倒れる前、山田氏は新しい作品の構想を練っていたという。

「19世紀のイギリスの小説家、ジョージ・ギッシングが書いた『ヘンリ・ライクロフトの私記』にたくさんの付箋を貼っていました。おそらく次の作品のための作業だったのでしょう」(和子さん)

 この作品は、長い貧困生活の後に偶然、知人の遺産を得て、初めて安息の日々を送ることが可能になった初老の作家・ライクロフトが、自然豊かな田舎での隠遁生活を綴ったものである。ライクロフトは架空の人物で、当時、執筆活動に忙殺されていたギッシングの憧れが投影されているといわれている。

 だが、和子さんの言葉を山田氏はこう遮った。

「次の作品だなんて……昨年の暮れにある作品を書き終えて、“来年は遊ぶぞ”と思っていたんです。僕はこれまでずっと仕事、仕事でやってきたので。ところが、“さて、いよいよ遊ぼう”という時に病気になってしまったから、遊ばせてもらえない(笑い)。人生、なかなか思い通りにならないですね」

 現在、山田氏は「時々、記憶が飛んでしまう」、「思ったことを上手く表現できない」という状態で、執筆はおろか、多くのメディアの取材を断わっているという。しかし、悲観した様子は見せない。

「人生は自分の意思でどうにかなることは少ないと、つくづく思います。生も、老いも。そもそも人は、生まれたときからひとりひとり違う限界を抱えている。性別も親も容姿も、それに生まれてくる時代も選ぶことができません。生きていくということは限界を受け入れることであり、諦めを知ることでもあると思います。でも、それはネガティブなことではありません。

 諦めるということは、自分が“明らかになる”ことでもあります。良いことも悪いことも引き受けて、その限界の中で、どう生きていくかが大切なのだと思います」

 ひとつひとつの言葉を絞り出すように語り、一呼吸ついて、こう続けた。

「もう脚本家として原稿が書ける状態ではありませんが、後悔はしていません。これが僕の限界なんです」

 事実上の断筆宣言にも取れる言葉だが、その顔は笑いに満ちていた。

※週刊ポスト2017年9月1日号

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