誰もが夢見るものの、なかなか現実にならない“夢の馬券生活”。競馬を題材とした作品も手掛け、「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆する作家・須藤靖貴氏が、名騎手は逃げ馬でも勝つものなのか、についてお届けする。

 * * *
 ハクション! スギ花粉飛散の季節だ。時節柄、電車内などで飛び出すとジロリと睨まれてしまう。他人のそれも気になる。外歩きも要注意で、前を行く人がくしゃみをすれば急に進路を変えたくなる。人込みでは先に行こうと速足になる。とにかく前へ。気分は逃げ馬だ。

 さて、減量騎手の逃げ率のデータなどを取ってみてきたわけだが、そのへん、勝率芳しきベテラン勢はどうなのか。

「武豊が逃げると、ほぼ負けない」なる都市伝説もある。都市伝説ってのは根拠曖昧なる口承、鵜呑みにしてはいかんのです。ならばきちんと調べなきゃ。で、データを振り返ってみた。

 逃げ先行の定義は1角通過3番手以内とした。2020年、武豊の全667レース。うち217回は逃げ先行、その率は実に.325(!)。減量騎手の逃げ頭・秋山稔の.297を上回っている。レジェンド、積極果敢である。やはりまあ、スタートで前に付けることが大事なんでしょうね。

 逃げたときの1着53回、勝率.244(トータルの勝率.172)。連対率は.438(.327)、3着内率は.530(.417)と、逃げれば率も上がる。特にハナを切った場合は勝率3割超えだった。

 ただでさえあっぱれな手綱さばきが、逃げることで凄みを増す。この都市伝説、◎である。ちなみに「ユタカさんが逃げたら、後続は諦めちゃう」こそが根拠皆無。そんな腰の抜けたメンタル、騎手にあるはずもない。

 もう一人、リーディング上位常連の川田(将雅)はどうか。「川田の逃げに一杯なし」(競馬記者友人の説)。逃げてもしっかりと脚をためて直線で馬が余力十分、というわけである。2020年の最高勝率(通算4回目)を誇る剛腕、勝ち鞍は多いわけだが、実際はどんなもんなのか。

 2020年の594回騎乗中、逃げ先行212回。逃げ率.357(!!)。そのときの1着85回で勝率.401。連対率.608、3着内率.703。トータルがそれぞれ.281、.468、.572だから、すごい数字が逃げるとさらに跳ね上がる。特にハナを切った38回中19勝と半分勝ち。ダッシュよく前へ、流れを決めたと見るやすっと落ち着かせて脚をためる。直線は剛腕炸裂。この塩梅が絶妙なのだった。

「逃げたときには」とは結果論の典型だろう。だが先行しそうな馬は検討時に分かる。その脚色を鞍上も承知しているから、「逃げて勝てると思うから逃げる」という証左ではなかろうか。「とにかく前につけて粘る」といった直情径行の出たとこ勝負よりも深みがありそう。でもそのぶん、馬券的妙味は薄くなるかな。リーディング上位常連の、このあたりのメンタルに寄り添えれば欣快だ。

【プロフィール】
須藤靖貴(すどう・やすたか)/1999年、小説新潮長編新人賞を受賞して作家デビュー。調教助手を主人公にした『リボンステークス』の他、アメリカンフットボール、相撲、マラソンなど主にスポーツ小説を中心に発表してきた。「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆。

※週刊ポスト2021年3月12日号