新刊本に著者の顔写真を載せるにあたり、どの写真を使用するかは作家が決めることが多い。作品のイメージにも結びつくだけに、重厚なノンフィクション作品であればスーツ・ネクタイ姿、ポップな筆致の小説であれば親しみやすそうな笑顔の写真を使うなど、内容次第で傾向が分かれる。撮影を売れっ子カメラマンに依頼したり、あえて10年以上前の若々しい写真を使い続けたりする小説家もいる。中には「このお気に入りの写真以外はダメ!」という有名女性作家もいるほどだ。

 そうした“本の顔”に異例ともいえる写真を選んだのが作家・井沢元彦氏。関連本も含めた累計発行部数550万部となっている『逆説の日本史』(小学館刊)シリーズの最新刊第25巻「明治風雲編 日英同盟と黄禍論」の巻末に掲載された井沢氏の顔写真は、何と「マスク姿」なのだ。その理由を井沢氏が明かす。

「本書を編集していた時期は、まさに新型コロナウイルスの猛威が世界を襲っていたタイミングでした。歴史書には、それを執筆した時期の社会や世相をきちんと残しておく役割があります。コロナ禍は、中世のペスト禍と同様に、世界史の一ページとして記録される出来事になるのは間違いありません。私は歴史家として、この作品をコロナ禍の真っ只中に刊行したことを、分かりやすい形で残したかった。実際、本書の校正作業中は、街の人通りも少なく、歩いている人はみなマスクをしていたわけですからね」

 また、次のような意味でも「マスク姿」を後世に残していくことは意義のあることなのだと言う。

「コロナ禍はアメリカ文化の特異性も浮かび上がらせました。アメリカ人がマスク嫌いなのは私も知っていましたが、感染者数が世界一になってもなお、『マスク強制は自由への侵害だ』と反発する人が大勢いたのには驚きました。たぶん、将来の歴史書では『昔、アメリカではマスクが嫌われていた』なんて記述されるんじゃないかと思いますが、その意味でも現状を記録しておくことは大切なのです」

 ちなみに、井沢氏は表紙カバーに掛ける帯に使用する写真にもマスク姿の顔写真の掲載を要望したが、担当編集者が「読者から見ると違和感があるかもしれない」「長く書店に置かれることを考えると望ましくないのでは」などと説明し、「渋々そのアドバイスに従いました(笑)」(井沢氏)とのこと。

 歴史家としてのこだわりを著者近影に込めた井沢氏は、「この顔写真が定着せずに済むように、一日も早い収束を願っている」と語った。