寝たきり状態の脳幹梗塞患者による「まるで山頭火」な言葉

寝たきり状態の脳幹梗塞患者による「まるで山頭火」な言葉

 病を得て寝たきりになっても、考えることを続けていることが少なくない。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、寝たきりの状態が続く男性がつむぐ不思議なリズムの言葉から、医療や介護にとって重要な仕事とは何かを考えた。

 * * *
「まるで、山頭火だ!」

 脳幹梗塞の哲也さん(仮名、50代)を往診したとき、ぼくは思わず感嘆の声をあげた。

「パイン みそ汁 あんパン せんべい 甘酒 レーズン」

 食べ物を羅列しただけのものだが、繰り返し声に出して読んでいると、不思議なリズムが生まれてくる。種田山頭火の自由律俳句のようだ、と思った。

 哲也さんは、脳幹部に障害を受け寝たきりの状態が続いている。言葉を発することはできない。手足を動かすこともできない。いわゆるロックドイン症候群(閉じ込め症候群)である。

 ロックドイン症候群になると、感じること、考えることの機能は保たれているものの、それをアウトプットする方法が限られる。

 哲也さんの場合、簡単な会話をするときは、妻が哲也さんの口の周りの動きを読んで伝えている。「目の動き」などを読み取るコンピュータの会話補助具を使うと、かなり複雑な会話もできる。俳句はそうやって彼が表現したものだ。

 栄養は、主に胃ろうから摂っている。冒頭の、ぼくが「山頭火だ」と思った句には、彼の食への切ない憧れが込められているように感じた。

「ああ飽きた 寝たきりに飽きたどうしよう」

 どこかユーモラスな表現で、寝たきりになった苦しみ、悲しみを詠んでいる句もあった。寝たきりには飽きたといいながら、ロックドインの体のなかには、生きることには飽きていないエネルギーが満ちているように感じた。

 医療や介護の重要な仕事は、想像することである。相手がどんな状況にあり、どんなことを望んでいるのか、どれだけ相手に寄り添って考えられるかがポイントになる。つまり、忖度である。

 忖度というと、最近は悪いイメージがついてしまった。権力の意向を忖度して、自分は責任をとらない日本人の悪いクセが明らかになった。

 その一方で、忖度できない症候群もはびこっている。「障害者だから」「認知症の人だから」「要介護者だから」とレッテルを貼ることは、はなから忖度をやめ、ほとんど思考停止に近い。

 ロックドイン症候群の哲也さんを「寝たきりの障害者」とだけ見ているうちは、彼の内面は何も見えないのである。

 体は不自由でも、心は自由な哲也さんに感動して、ぼくは彼のことを本に書いたり、講演で話したりした。哲也さんはとても喜んでくれて、その本を何冊も買って、昔の仲間に送っているという。

「オレはこうやって元気で生きているぞ」と伝えたかったのだろう。最近、哲也さんは、諏訪中央病院の往診医と俳句の交換を始めたと聞く。

「早五年 胃ろうで生きてよろしいか」
「力出ず 痛いかゆいはわかるのに」
「いろいろな出会いがあって生きている」

 自分を理解しようとしてくれる人がいることで、哲也さんの創作意欲はますます活発になっている。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。2017年8月23日(水)に小学館カルチャーライブ!にて講演会を開催予定(https://sho-cul.com/courses/detail/27)。

※週刊ポスト2017年8月11日号

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