社会起業家・牧浦土雅×田原総一朗対談:食糧・教育・IT・ドローン……途上国で次々起業する22歳

社会起業家・牧浦土雅×田原総一朗対談:食糧・教育・IT・ドローン……途上国で次々起業する22歳

PRESIDENT 2016年3月14日号 掲載

19歳でルワンダに渡り、教育支援を開始。その後国連と協力して農業事業を展開。昨年はタイで、位置情報サービスやヘルスケア事業、ドローンビジネスも立ち上げた。アフリカ・アジアで事業を進める22歳の青年が描く未来とは――。

■日本の最終学歴は小学校卒業

【田原】杉並区立和田中学校のご出身だそうですね。和田中はリクルート出身の藤原和博さんが東京都初の民間人校長となり、注目されました。通われたのはそのころですか?

【牧浦】はい。小学校は学習院の初等科にいたのですが、中学進学を前に、父と藤原先生のお宅に遊びにいったんです。そのとき、うちに来ないかと誘われまして。

【田原】藤原さんは、世の中の仕組みを教える「よのなか科」という授業をやって話題になった。牧浦さんも、その授業は受けたの?

【牧浦】何回か受けました。印象に残っているのは、和田中出身のお笑い芸人の方が講義しにきてくれた回。あと、藤原先生が担当した、「ハンバーガーショップを出店するならどこがいいか」という授業もおもしろかったです。

【田原】ラグビーで骨折をしたことが次の転機になったとか。

【牧浦】ラグビーのトップリーグで東芝という強豪チームがあります。和田中にラグビー部はなかったので僕はそこのジュニアチームに入っていました。とにかくラグビーがやりたくて、休み時間に友達と制服のままラグビーをして遊んでいました。ところが、友達からタックルされて複雑骨折。1週間、入院する羽目になりました。じつはその少し前から、「イギリスのボーディングスクールに留学しないか」と両親から勧められていました。親が病院のベッドにパンフレットを置いていったので、それをめくっていたら海外に行きたくなってきた。それで退院してすぐ藤原先生に、「俺、和田中を中退してイギリスに行きます」と。

【田原】ずいぶん急だね。藤原さんはどんな反応でした?

【牧浦】骨折の前から少し相談していたのですが、僕が決意を告げると、「よく決めた。おまえは日本にとどまる器じゃない。行ってこい!」と送り出してくれました。

【田原】ボーディングスクールというのは、寄宿学校ですね。誰でも入れるものなのですか。

【牧浦】入学試験があります。小学校のときに観世流のお能をやらされていたので、面接のときに1曲舞ったらすごくウケて、合格できました。

【田原】学校生活はどうでした?

【牧浦】当時から体格が少し大きかったのでいじめられることもなく、すぐに友達もできました。ただ、僕が入った学校にはCCFという軍事訓練のカリキュラムがあり、友達のお父さんの多くは軍人でした。貴重な経験でしたが、さらに違う世界も見たいと思い、3年後にスコットランドにある別のボーディングスクールに転校しました。北海油田があるため、石油関係の仕事をしている家の子どもが多く、中東出身の友達もできました。多様性のある環境だったので楽しかったです。


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