PRESIDENT Online 掲載

3月14日、山手線の新駅「高輪ゲートウェイ」が開業した。地図研究家の今尾恵介氏は「新しい街を開くにあたって駅名は重要だ。たとえば『たまプラーザ』は東急田園都市線の新しい駅名として、五島昇社長がじきじきにと命名した。一方、高輪ゲートウェイはどうだったか」という――。

※本稿は、今尾恵介『駅名学入門』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■悪い予想が大当たり「高輪ゲートウェイ」

ああ、またかと思った。「高輪ゲートウェイ」という新駅名を報道で知っての第一印象である。たぶん高輪ナントカに決まるだろう、しかもそのナントカはカタカナに違いない、という悪い予想は当たった。

今から半世紀近くも前の話だが、小学校の5、6年生だった時に、鉄道が好きだった私は京浜急行の駅名を暗記した。自宅があって頻繁に利用する相模鉄道は自然に覚えていたので、意識的に覚えた最初が京急だったのである。とにかく品川から各駅を順番にズラズラと唱える「遊び」で、品川、北品川、北馬場(ばんば)、南馬場、青物横丁、鮫洲(さめず)、立会川(たちあいがわ)……と当時の終点だった三浦海岸まで早口言葉のような按配だ。青物横丁、梅屋敷、雑色(ぞうしき)、追浜(おっぱま)などなど引っかかりのある駅名が満載で、今思えば沿線の「地名のごった煮感」を子供心に味わっていたように思う。

蛇足ながら実は本線の当時の起点は泉岳寺(せんがくじ)で、終点も浦賀なのだが、そんなことは知らなかった。ちなみに北馬場と南馬場はその後統合されて新馬場となったが、リズムが崩れるので今も暗誦するなら昔の駅のままで、能見台(のうけんだい)も旧名の「谷津坂(やつざか)」である(ローカルな話ですみません)。