昨年、世界中に衝撃を与えた映画『ジョーカー』。本作の音楽を担当した作曲家のヒドゥル・グドナドッティルは、第77回ゴールデン・グローブ賞の作曲賞を受賞し、さらに第92回アカデミー賞の作品賞にもノミネートされた。

ヒドゥル・グドナドッティルは、この数週間にわたって歴史的とも言える毎日を過ごしてきた。

始まりは1月4日、アイスランド出身のチェロ奏者・作曲家であるグドナドッティルは、ゴールデン・グローブ賞の作曲賞を単独で受賞する史上初の女性作曲家となった。グドナドッティルが手がけたのは、映画『ジョーカー』のスコアだ。その後も勢いはとどまるところを知らず、1月7日には、スコアを手がけた2作品がThe Society of Composer and Lyricist(作曲家および作詞家協会)の就任式典で賞を獲得。受賞作のひとつは『ジョーカー』、もうひとつはテレビ向けのミニ・ドラマシリーズ『チェルノブイリ』だ。そして1月13日、グドナドッティルは第92回アカデミー賞の作品賞にノミネートされた。

こうしたドタバタにかかわらず、グドナドッティルは夫を病院に連れていかなければならなかった。そこでハリウッドの誰もが憧れるあの瞬間を経験したのだ。「夫が耳の感染症にかかったので、診療室にいたんです。そこに看護師のひとりが来て、私におめでとう、と声をかけてくれました!」米現地時間1月10日、グドナドッティルは声を出して笑いながら米ローリングストーン誌に語ってくれた。「私は、アイスランドの小さな村の出身です。ロサンゼルスの病院の診療室で看護師さんからお祝いの言葉をいただくのは、なんだか非現実的な気分でした」

チェロ奏者としてクラシック音楽の教育を受けたグドナドッティルが映画やテレビ用の音楽を作曲するようになってから20年近くが経つ。『ジョーカー』と『チェルノブイリ』(同作は2019年秋にエミー賞を受賞)に対する賛辞が注がれているが、グドナドッティルはこれまでに『The Oath(原題)』、『Mary Magdalene(原題)』『Sicario: Day of the Soldado(原題)』などの映画音楽を手がけただけでなく、自らアルバムをリリースし、Animal Collective、Sun O)))、Knifeらアーティストとのコラボレーションも行っている。

『ジョーカー』のトッド・フィリップス監督がスコアの作曲をグドナドッティルに持ちかけたのは、監督がまだ脚本に取り組んでいる最中だった。通常、スコアの作曲は映画製作の終盤——たとえば、撮影が終了してから——に行われるが、グドナドッティルは脚本がない状況で作曲することでトーンとペースをより深く追求し、その結果、映画のそのほかの要素とともに音楽を成長させられたと語る。


こうしたプロセスを経て、グドナドッティルの作品は『ジョーカー』を代表する名シーンを形成するうえで重要な役割を担うようになった。[以下ネタバレ注意!]ホアキン・フェニックス扮するアーサー・フレックが初めて殺人を犯し、”ジョーカー”へと変わっていく時のバスルームでのダンスはまさにそのひとつだ。当初は主人公が自分の行いについて深く考えるシーンを想定していたが、フィリップス監督とフェニックスは、このシーンにはもっと何かが必要だと感じていたのだ。監督がフェニックスのためにグドナドッティルの作品の一部を流してから、撮影は最終的なプロセスへと向かって行った。

「ダンスを思いついたのはホアキン(・フェニックス)なんです。リアルタイムで、即興で踊っていました」とグドナドッティルは言う。「私が作曲した時に感じたことをホアキンが完璧に体現してくれているのを目の当たりにするのは、最高の気分でした。それは、まさに私が抱いたキャラクターのイメージで、言葉で説明しなくてもそのキャラクターとホアキンが分かり合うのを見るのは、魔法のような体験でした」

ゴールデン・グローブ賞の受賞からアカデミー賞へのノミネートのあいだにひと呼吸おく時間はなかった、とグドナドッティルは明かしてくれた。それでも、自らの功績によって女性作曲家のチャンスが増えるかもしれない、という文化的価値はしっかり把握している。

10年前は、「こうした大きなプロジェクトを女性に任せたがらない傾向があった」とグドナドッティルは感じていた。さらには、作曲の世界が長年にわたって一握りの男性によって支配されてきたことも付言した。「こうした方々は当然ながら、すばらしい作曲家であり、あらゆるチャンスに恵まれるべき人々です。それでも、新しい息吹を感じられるのはワクワクします」と彼女は言う。

グドナドッティルは、尊敬する女性作曲家として『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』のスコアを手がけた”ミカチュー”ことMica Leviと『マッドバウンド 哀しき友情』のTamar-kaliを挙げ、多様性の向上を掲げてきたハリウッドが真の変化を見せ始めたように感じると述べた。グドナドッティルは、こうしたチャンスを最大限に有効活用するべきであることもわかっている。

「私は、元来注目されたい、と思う人間ではありません。影にいるほうがずっと居心地がいいと思ってきました」とグドナドッティルは語る。「でも、こうして自分の考えを述べるチャンスを与えられたからには、それを活用し、ほかの女性たちにインスピレーションを与えたいと思います。若い女性たちのためにもっとも大きな変化を生み出せるとしたら、それはこうした業界に飛び込み、可能性があると教えてあげることです。それが最善の方法なんです。若い母親たちにとってもそうです。なぜなら、こうした業界で働きながらも家族をつくる資格があるのか? という別の問題がありますから。もちろん、私自身も母親ですし、母親であることが若い女性たちの障害になるのではなく、私のような存在が仕事をするための刺激になればと期待しています」