音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第16回は無意識な差別であるアンコンシャス・バイスを、産業カウンセラーの視点から考察する。

早すぎる死を遂げた、音楽史に残る偉人名鑑

まず、この話を読んでみてください。

ある男が、自分の息子を車に乗せて、自ら運転をしていました。
ところが残念なことに、その車はダンプカーと激突して大破してしまいました。
   
救急車で搬送中に、運転していた父親は死亡。
息子は意識不明の重体。
  
病院の手術室で、運びこまれてきた後者の顔を見た外科医は息をのみます。
そして、次のようなことを口にしました。

「自分はこの手術はできません、なぜならこの怪我人は自分の息子だから」



この話に違和感を抱いた人もいるかもしれません。そして「あれ? 父親は死んだはずでは?」と思った人もいるでしょう。その場合、「外科医は男性」という思い込みがあります。これは「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」と呼ばれるものです。他にも「若者は頭が柔らかい」とか「女性は細やかな気遣いができる」など、たくさんあります。アンコンシャス・バイアスは誰しもが多かれ少なかれ持ってしまっていますが、本人に自覚がないために問題に気付きにくいという特徴があります。

他に似たようなものに「潜在的カリキュラム」と呼ばれるものがあります。教育困難校における劣等感の染み付いた生徒や、反対に有名進学校のエリート意識の強い生徒というように、ある特定の学校の校風や制度などは、常に明文化されているわけではありませんが、「潜在的な力」によって無意識に教育されていることがあります。

また、たとえば教科書に掲載されている絵が「家事をしているのが女性、消防士が男性」だったとします。すると生徒たちはそうしたところから、無意識に「家事は女性がやるもの」「消防士は男性がなるもの」というように、職業と性別を結びつけてしまう可能性があります。私は保育士資格も所持しているのですが、資格試験の勉強で使っていた参考書にも、この「潜在的カリキュラム」のことは載っていました。ところが、その参考書の挿絵の保育士さんの絵はすべて女性でした。制作者に、保育士=女性という無意識の思い込みがあったのでしょう。このくらい、潜在的カリキュラムはやっかいなものです。他にも、もしある大学の医学部で生理学を必修と定め、倫理学を選択科目と定めるならば、暗黙のうちにその医学部では倫理学よりも生理学を重視しているということを伝えていることにもなります。このように自分たちが無意識化し、刷り込んでいること、または刷り込まれている意識がたくさん存在します。無意識であるが故に、この壁は非常に高いものになります。



このアンコンシャス・バイアスや、潜在的カリキュラムなどによって、日常的に無意識に、悪意なく差別的な言動や行動をしてしまうことがあります。それはマイクロアグレッションと呼ばれます。直訳すると「小さな攻撃」という意味です。たとえば「彼氏(彼女)いるの?」と訊くことは、よくあることかもしれません。しかしこれは異性愛であること、もしくはパートナーが異性であることが前提となっていることが多いのではないでしょうか? 他にも、子どもの家族構成を知らないのに「お父さんお母さんに伝えてね」と言ってしまうのも、「当然父母がいる」あるいは「異性同士の保護者である」ことが無意識に前提となっています。

The1975、Wolf Aliceなどが所属するUKのレーベル「Dirty Hit」から作品をリリースし、2019年のVOGUE JAPAN Women of the Year」にも選出されたロンドン在住のRina Sawayamaさんは、欧米で過ごしてきた日本人の女性として多くの偏見を体験してきたそうですが、シングル「STFU !」では、マイクロアグレッションに対する怒りを解き放つ事をテーマにしています。



マイクロアグレッションを受けた当事者の反応は、端から見ると大げさだと捉えられてしまうことがあります。マイクロアグレッションを無意識に行なっている方は「褒めただけなのに、なんで怒っているんだろう?」とさえ思ってしまうこともあります。たとえば、アメリカで、あるアジア系アメリカ人の大学教授は、学生から「あなたの英語は上手ですね」と言われてしまうことがあるそうです。これは、学生からすると褒めているのでしょうが、そこにはアジア系の人は英語が下手だ」という無意識の偏見があります。こうした小さな差別が蓄積されてしまうと。メンタルに問題を生じてしまうことがあります。



こうした話題になると「そんなにいろんなことを気にしないといけないとなると、息が詰まってしまう」という声も上がってきます。しかし、現に日々の小さな攻撃の蓄積で困っている人がいるということ、そして、自分に無自覚な偏見があるということを意識しておく事は大切だと思います。そう遠くない昔、多くの人が道に唾や痰を吐いていた時代もありました。「細かいこと言うなよ、気にするなよ」と言っていたことが、少しずつ、そして気付いたらいつの間にか変わっていたということは多々あります。無意識の差別や偏見も、まずは意識を持つことで、少しずつでも改善されるのだと思います。

【参照】
英ロンドン在住のポップ・シンガー、Rina Sawayamaが新曲「STFU! 」をリリース
CD Journal 2019/11/22
https://www.cdjournal.com/i/news/-/84245


<書籍情報>


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/