FOXニュースを欠かさず見ている視聴者にとって、アメリカにおける感染症研究の権威の1人、W・イアン・リプキン博士の疲れた顔としゃがれ声はすっかりお馴染みになった。

博士は3月13日放送の『Americas Newsroom』で、新型コロナウイルス感染流行中に一人一人が出来る最適な衛生管理法を語った。3月17日の早朝4時15分には『Fox & Friends First』に出演し、トランプ大統領の新たな安全ガイドラインを検証した。FOXの特別番組『America vs. Virus』にも出演した。3月末に検査で陽性反応が出たことを公表したのも、新型コロナウイルスを「武漢ウイルス」と呼ぶルー・ドブズ氏が司会を務めるFOXビジネスの番組に出演していたときだった。

コロンビア大学公衆衛生大学院の免疫感染症センターの所長でもある彼は、AIDSや西ナイル熱からSARSやMERSまで、あらゆる感染症の同定及び拡大阻止に努めてきた。2011年の映画『コンテイジョン』では科学監修を務め、2016年には数十年にわたる中国の科学者や公衆衛生管理者との提携実績を認められ、習近平主席が主宰する式典で中国政府から賞を授与された。

去る12月中旬、リプキン博士は中国の知り合いから、武漢市で肺炎に似た疾患が蔓延していることを聞いたそうだ。博士は、中国の公衆衛生制度の強化に尽力する中で知り合った中国疾病預防控制中心の高福主任にメールを送った。数週間音沙汰がなかったが、その後ようやく返事を受け取ると、事態がどれほどひどくなるかを即座に悟った。

1月、彼は中国へ飛び、現地で1週間ほど中国政府職員や公衆衛生の専門家、科学者、学者、報道陣と面会した。「明らかに武漢は悲劇的状態でした」とリプキン博士。アメリカに戻ったリプキン博士は、どんな手を尽くしてでも警鐘を鳴らさねばならないと考えた。それには大統領お気に入りのTV局を通して大統領と現政権の関心を惹くことも含まれていた。

「私のような人間はレイチェル・マドーの番組を見ます――あなたもそうかもしれません――ですが、話を聞いてもらわなければならない相手は見ていないんです」と、リプキン博士はローリングストーン誌に語った。「ペンシルベニア大通りに住んでいるあの男はマドーの番組など見ません。彼に何か言わなければいけないときは、早朝4時の『Fox & Friends』に出演してルー・ドブズの番組に出るんです」

まともな時代、そしてまともな政権下であれば、政府は内外から広く専門家を募り、組織的に意思決定や政策立案を進めていただろう。2009年のH1N1新型インフルエンザ流行時にオバマ前大統領の下で国土安全保障顧問を務めたジョン・ブレナン氏の話によれば、オバマ前大統領は最新データとその筋の専門家の意見を頼りに政府の対応を決定していたという。国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長や、当時疾病予防管理センター(CDC)の所長を務めていたトム・フリーデン博士は、常にホワイトハウスのH1N1対策会議に出席していた、とブレナン氏は振り返る。ブッシュ政権時のパンデミック専門家も、引き続きH1N1対策に当たるよう要請された。学術界からもインフルエンザの専門家が動員された。「(オバマ前大統領は)自分の専門外の医学的問題に対し、科学やその専門家に政策協議の先導を頼んでいました」とブレナン氏は言う。


どんな思想の番組にも出なければならない理由

現在、専門家は全く別の課題に直面している。事実や科学を蔑ろにし、自分の機嫌を取ってくれる番組司会者や世論に逆らう天邪鬼、古い友人やビジネスパートナー、自分の思う通りに動く人間から得た情報を信じる大統領に、どうやって話を聞いてもらうかだ。公衆衛生や医学に携わる人々が新型ウイルスの研究や、公衆衛生危機下での最善の伝達手段を考える上で、未だかつてないほどにTVに出演して誤った情報を正すことが求められている。「こうした分野に何十年も携わっている我々にとって、不適切な対応を目にするのは特に我慢できませんね」と言うのはウェイン州立大学のマシュー・シーガー教授。クライシス・コミュニケーションの専門家で、450ページに及ぶCDCのパンデミック情報伝達マニュアルの制作にも携わった。「誰かが間違いを犯しているのを見ると、手を差し伸べたくなります」

イアン・リプキン博士のような専門家にとって、それはたとえ偏った政党支持者や経歴の疑わしい医師と共演することになるとしても、出る機会があれば必ずFOXニュースに出演することを意味する。他にも、信用できる正しい情報を出来る限り大衆に広めようと、真面目な媒体からの出演依頼は全て引き受け、必死になっている専門家もいる。媒体によっては、実証されていないコロナウイルス治療を推進するルディ・ジュリアーニ氏や、中国と北朝鮮が「共謀して」新型コロナウイルスを開発したと憶測するジェリー・ファルエル・Jr氏らとの共演を余儀なくされることもある、真っ当な専門家が政治家に情報を届けるには不本意な方法だ。

ジョンズ・ホプキンス大学保健安全センターで感染症と緊急医療を専門とするアメッシュ・アダルジャ博士は、出来るだけ多くの取材の依頼(弊誌も含む)を受けることで、幅広い層に声を届けようとしている。今日の細分化されたメディア生態系では、FOX、MSNBC、CNN、その他多くの媒体に出演することで、自分の信頼性を上げられるとアダルジャ博士は信じている。「各局が独自の専門家を抱えるようになると視聴者にどんな影響が及ぶか、日に日に心配になっています。こちらの局に出演して、あちらの局に出演していない、という理由で見向きされなくなることもあり得ます」

アダルジャ博士本人に限って言えば、FOXのプロデューサーやキャスターから発言を制限されたり反論されたりしたことは一度もなく、局とも良好な関係を保てているという。ただしFOXに出演する際は、トランプ大統領や政府高官が見ているかもしれないという責任感やプレッシャーを感じるとも言った。「FOXに出演するときはどうしても考えてしまいますね。自分の発言がいつもにも増して重要な気がします」


大統領とのコミュニケーションは直接ではなく、メディアを通して

政権内部の医療専門家ですら、最高司令官への伝達方法としてメディアを活用している。3月の最終日曜日、ファウチ博士はCNNに出演し、現行のソーシャル・ディスタンシングや渡航規制を継続したとしても新型コロナウイルスによる死者は10〜20万人に上るだろう、との推計を示した。イースターまでに規制を解除するというトランプ大統領の約束通りに規制緩和を早まれば、死者はさらに増えるだろう。ファウチ博士は同じ主張を大統領執務室でも進言した。政権内外からの攻略は相乗効果を発揮したようで、同じ日、トランプ大統領はイースターを目処にした規制解除発言を撤回し、政府のガイドラインを4月まで継続すると発表した。

しかし、政府の専門家がTVに出演しても毎回このような結果になるわけではない。3月26日、ホワイトハウスのコロナウイルス対策調整官デボラ・バークス博士はクリスチャン・ブロードキャスティング・チャンネルのインタビューに応じ、トランプ大統領が「科学文献や資料を熱心に読み込んでいる」と称賛した。大統領の会見で毎回目にする光景からは信じがたい発言だ。

バークス博士の発言は怒りと疑念を呼んだ。だが、大統領に最も近い科学者(主にファウチ博士やバークス博士)も、大統領に歯向かったり、忠誠を誓おうとしなかった他の政権メンバーと同じ脅威、すなわち解任の脅威に直面している。実際、この数週間で取材した複数の専門家から、ファウチ博士とトランプ大統領の対立を煽るような記事は書かないでくれ、と念を押された。「そういう記事を見る度、大統領の気性の荒さも踏まえると、どうか記事がなかったことにしてくれと神に祈る自分がいます」とハーバード大学公衆衛生大学院免疫感染症研究科長、サラ・フォーチュン博士だ。「『ドナルド・トランプ大統領がトニー・ファウチ博士に耳を貸さない』という記事を見る度、大統領が博士を解任する可能性が高くなるような気がするんです」

コロンビア大学の感染症の専門家、イアン・リプキン博士は、FOXを通した方が大統領にはっきりと主張出来ると感じている。「これがいつ収束するか本当にわかりません」と3月24日、博士がデブズ氏の番組で言った。ウイルスを止める最善策は隔離と封じ込めである、と述べ、ニューヨークやシカゴ、ワシントン州の厳格な自宅退避対策を称賛し、他の州もこれを見習うべきだとも言った。

ルー・デブズ氏の番組でコロナウイルス感染を明かしたリプキン博士は――「私が感染するということは、誰でも感染し得るということです」と視聴者に向かって言った――その翌日、電話で取材に応じてくれた。前の晩よりも声は弱弱しく、咳き込むことも何度かあったが、依然意思は固かった。「今回、人々が耳を貸す助言をすることが出来る、ということを学びました」と、これまでのメディアでの経験から自らの役割について語った。「ですが、この先成功するかどうかはわかりません」

その次の週、博士はFOXニュースのニール・キャビュート氏の番組に出演した。