地球温暖化が致命的な病気の伝染を促している。その拡散リスクを高める主な存在が、コウモリ・蚊・ダニである。長文ルポで、その恐怖の実態に迫る。

2020年の夏、ジェニファー・ジョーンズは多くの人がそうであったように、感染症を避けるために夏のほとんどを自宅で過ごしていた。45歳のジョーンズは、米フロリダキーズ諸島のキーラーゴ島のすぐ南側に位置するタバーンアーの住人で、庭の手入れをしながら多くの時間を費やしている。ある時、1匹の蚊が彼女にとまった。フロリダで蚊に刺されることは珍しくないため、彼女自身も具体的にいつ刺されたのか覚えていない。しかし今回は、どこにでもいる普通の蚊ではなかった。彼女を刺したのは、精巧にデザインされた殺人マシーンであるネッタイシマカ(Aedes aegypti)で、人類史上最も危険な生き物の1種類とされる。ある計算によると、人類の半数は蚊の媒介する病原体が原因で死亡しているという。17世紀に奴隷船と共に北米大陸へやってきたネッタイシマカは、黄熱病からジカ熱まで、致命的な病気を運ぶ能力を持つ兵器だと言える。

【写真ギャラリー】人類史上最も危険な生き物の一つ、ネッタイシマカ他

ジョーンズを刺した蚊は、10m先からでも彼女の体温と息に混じった二酸化炭素を感知できただろう。そして、剥き出しになった腕や脚にとまったと思われる。血を吸うのは、卵を産まねばならないメスのみだ。蚊は迅速に事を済ますが、一箇所でぐずぐずしていると生き残れないという本能が、遺伝子内に刷り込まれているのだ。蚊は人にとまるとまず、毒を吐き出して肌の感覚を麻痺させる。だからジョーンズも、気づかないうちに刺されただろう。蚊は、注射針のような口先を肌に突き刺す。蚊の口は、6本の針がひとつの鞘に収まっているような形状をしている。肌の表面にとまった後は、血管に突き刺すのに理想的な場所を探る。そして肉切りナイフのようにギザギザした針を2本突き刺して、ジョーンズの肌に穴を開けた。さらに別の2本の針で穴をこじ開け、細い注射器を皮下の血管に刺す。ここからが重要なポイントで、血を吸った蚊は自分の唾液をジョーンズの血管内に吐き出すのだ。唾液には、刺された箇所の血液を固まりにくくする成分が含まれている。ジョーンズの場合、蚊の唾液にデング熱という熱帯病のウイルスが混入していた。蚊は、血をたっぷりと吸って食欲を満たすと飛び去って行く。

「デング」という言葉は、スワヒリ語で「悪霊によって引き起こされる痙攣のような発作」を意味する「Ka-dinga pepo」から来ているとする説もある。デング熱は骨折熱とも呼ばれ、発症すると酷い関節痛を伴う。デング熱は数百年前から存在が確認されており、特にアジアやカリブ海地域に多い。世界保健機関(WHO)によると、1970年以前にデング熱の流行が見られたのは、わずか9か国のみだった。しかしその後30倍に膨れ上がり、各地域に生息する蚊の個体群がそれぞれウイルスを媒介するようになったことで、128か国の風土病の原因となっている。WHOの記録によると、2019年は420万件のデング熱の感染例が報告されたという。地球温暖化が進むにつれ、高温を好むネッタイシマカにとってより暮らしやすい環境になった。蚊の生息地も今では、北方や高地にまで拡大している。ある研究によると、2080年までに、60億人或いは世界人口の60%がデング熱にかかる危険に晒されるという。「実際に、気候変動によって多くの人々が病気にかかったり死亡したりしている」と、ジョージタウン大学のグローバル・ヘルス&セキュリティ・センターのコリン・カールソン(生物学)は言う。「蚊が媒介する病気は、ますます増え続けている。」


「人類は今、パンデミック時代に入ったと言える」

ジョーンズが蚊に刺されてから、約1週間で症状が出始めた。血流に入り込んだウイルスは白血球に取り付き、次々と複製して増殖する。彼女は植物への水やり中に頭がくらくらし、熱が上がった。「何かおかしいと感じた」と彼女は振り返る。発疹が出て、目の裏側あたりに痛みを感じた。さらに関節も痛みだしたという。「まるで自分が、トラックに轢かれた99歳のおばあさんになったかのようだった」と彼女は語る。デング熱は稀に脳腫脹や脳出血を引き起こし、死に至ることもある(デング熱による死者は年間約1万人に上る)。しかしジョーンズの場合は不幸中の幸いで、4、5日後には痛みや熱も引いてほとんど回復した。ところが息子に呼ばれて部屋へ行ってみると、今度は彼の体に赤い斑点が出ていた。彼女はすぐにデングだ、と直感した。

既に新型コロナウイルスにより大きな打撃を受けていたフロリダキーズでは、結果としてデング熱も流行することとなった。

中国南部の原野が起源と見られる新型コロナウイルスは、キクガシラコウモリが媒介して人へと感染した。本稿執筆時点で世界中の感染者数は6300万人、死者数は150万人を記録している。2020年7月時点で感染拡大が世界経済に与えた影響は、8兆ドル(約830兆円)〜16兆ドル(約1660兆円)と試算されている。2021年の第4四半期には(その時点までにワクチンの効果が出ていると仮定しても)、米国だけで16兆ドル(約1660兆円)にまで拡大すると見られる。新型コロナウイルスが引き起こした人的被害の規模は、計り知れない。身内の死、失職、家庭崩壊を経験した人もいれば、ウイルスに感染して症状が長引く人もいる。最終的にウイルスの感染拡大は収まるだろうが、消え去ることは無いだろう。

それでも私たちは幸運だと言える。「もっと酷い状況になっていた可能性もある」と、ガルベストン国立研究所(米テキサス州)で研究担当理事を務めるスコット・ウィーバーは言う。同研究所は、ウイルス研究に関して米国内でもトップクラスの組織だ。新型コロナウイルスは、他の病原体と比較して割と大人しい方だという。伝染性の高い新型コロナウイルスはインフルエンザと比較して致死率も高く、謎の症状が長引く一方で、ニパウイルスのように4人に3人が死亡する訳ではない。また、エボラのように目や直腸からの出血が見られる訳でもない。「もしも伝染性が(コロナと)同等で致死率が75%もあるような病気であれば、人類文明の存続に関わる脅威となるだろう」と、疫学者のスティーブン・ルビー(スタンフォード大学)は言う。

新型コロナウイルスの感染拡大状況は、1918年に発生して少なくとも世界中で5000万人が死亡したインフルエンザの大流行と比較されることが多い。しかしそれも、現在の状況へ向けての序章だったのかもしれない。「人類は今、パンデミック時代に入ったと言える」と、米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ博士は、同僚のデビッド・モーレンスと共同で執筆した論文の中で述べている。論文は、現時点で少なくとも3700万人の死者を出したHIV/AIDSや、過去10年の間に発生した感染症の「未曾有の大流行」を引き合いに出している。H1N1型(豚)インフルエンザ(2009年)、チクングンヤ熱(2014年)、ジカ熱(2015年)と、過去には致命的な感染症の大流行があった。エボラ熱は、過去6年間に渡りアフリカ各地で大流行した。さらに現時点では、ヒトに感染する7種類のコロナウイルスの存在が確認されている。ジャコウネコが感染源とされるSARSコロナウイルスは、2002〜03年にかけてパンデミックに近い広がりを見せた後で収束した。2012年にラクダからヒトに感染した中東呼吸器症候群(MERS)は、ヒトからヒトへの感染は一時的で、すぐに消滅する。そして今度はSARSコロナウイルス2が現れ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を引き起こしている。


気候危機が招いた「必然」

パンデミックが新たな時代に入った要因は複雑だ。しかしファウチやモーレンスが指摘しているように、主な原因のひとつは気候危機にある。自然界が一変し、地球上の病気のアルゴリズムが書き換えられようとしているのだ。北極圏の永久凍土が溶け出して、これまで何万年も氷の中に閉ざされていた病原体が表に出てきている。19世紀にロンドンやニューヨークなどの大都市で流行したコレラや下痢の原因となるビブリオ菌によって、今なお毎年数万人が亡くなっている。ビブリオ菌は、より温かい水で活性化する。ビブリオ菌の中でもより致命的な菌株であるビブリオ・バルニフィカスは、これまで滅多に見られなかったものの、米東海岸、特にチェサピーク周辺の湾や河口で頻繁に検出されるようになった。菌に汚染された貝を食した場合、激しい腹痛に襲われ、稀に死亡する場合もある。傷口に菌が入ると人食いバクテリアとなり、感染した5人に1人の割合で死に至る。

しかし最も大きなインパクトは、動物を感染源とした新たな病原体の発生だろう。集約農業、生息地破壊、気温上昇により、人間は生物に対して気候危機の鉄則に従って生きることを強いている。つまり、適応するか死滅かだ。当然、より居心地の良い環境を求めて移動する動物も多くなる。4000種類の動物の移動状況を数十年間に渡って追跡したある研究によると、研究対象とした動物の70%が、より涼しく水の豊富な地を求めて移動しているという。中にはかなり長い距離を移動した動物もいる。タイセイヨウダラは、10年間で約200kmも移動した。南米のアンデス山脈では、カエルや菌類の生息地がこの70年間で約400m高い場所へと移っている。アラスカでは、1500km以上も離れたカナダ南東部の寄生虫が野生鳥の皮下に寄生しているのを、猟師たちが発見している(体の大きな動物よりも小さな寄生虫の方が、気温の急激な変化に適応しやすい)。米北部メイン州では、ホホジロザメが突然姿を現している。「自然界の大移動が始まった」と、ソニア・シャーは著書『The Next Great Migration』の中で述べている。「全ての大陸、全ての海洋で起きている」

自然界の大移動によって、これまでに遭遇したことのない動物や人間との遭遇も発生しているようだ。ジョージタウン大学のカールソンは、この現象を「思いがけない出会い」と呼んでいる。異種同士のランダムな遭遇によりウイルスが種を跨いで感染し、新型のウイルスが発生する場合も多い。最近数十年間に発生した新型感染症の大部分は人畜共通病原体によるもので、中でもコウモリ、蚊、ダニが媒介するものが多い。そうやってヒトに感染し、今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにつながった。次は何か? 「正に時の運だ」と疫学者のレイナ・プローライトは言う。彼女は、モンタナ州立大学で新型ウイルスの発生について研究している。ある学説によると、哺乳類と鳥類を宿主とする170万種の未発見のウイルスが存在すると推論されている。未発見のウイルスの内、80万種以上にヒトへの感染能力があると見られる。

「公衆衛生と科学の両方の観点から準備する必要がある」とファウチは言う。「現在の私たちの地球環境への関わり方が、蚊やダニなどの生物が媒介する感染症に大きな影響を及ぼすだろう。私たちの自己責任であることを理解して、準備すべきだ。回復できることもあれば、取り返しの付かない場合もある。(しかし)私たちはリスクを認識し、そのリスクと同等の準備をしておかねばならない。」

(米国は)現時点で準備ができていない。トランプ政権の4年間で公衆衛生のインフラは骨抜きにされ、科学に対する信頼を損なった。トランプはオバマ時代に結成した感染症対策チームを解体し、米国をWHOから脱退させるべく動いた。さらに、世界で最も敬意を払うべき米国疾病予防管理センター(CDC)が出したパンデミック制御のためのガイドラインを無視した。例えばマスク着用など、無数の命を救える可能性のある些細な対策が、政治的なメッセージとして利用された。バイデン次期大統領は軌道修正を約束したものの、2020年の大統領選でトランプへ投票した7400万人もの人々は、ニセ科学やインチキ治療法を一所懸命に信じようとしている。ウイルスは政治とは関係が無いはずだ。しかし米国にとっては違う。新型コロナウイルスの感染拡大から学ぶことがあるとすれば、私たちに将来の問題に対する準備ができていなかったということだろう。


オーストラリアの小さな街を襲った「ヘンドラウイルス」

1994年、オーストラリアのブリスベン郊外に位置するヘンドラという小さな街で、ひとつの厩舎内の多くの競走馬に原因不明の病気が広がった。馬は混乱状態になり、顔が腫れ、鼻から血の混じった泡を出した。中にはコンクリートの壁に頭を打ちつける馬もいた。数頭は衰弱して死亡した。ほぼ同時期に、厩舎で働くビク・レイルが体調を崩したが、本人はインフルエンザにかかったものだと考えていた。直後に彼は亡くなった。ブリスベンから北へ約965kmの牧場では、別の男性も原因不明の病気にかかった。発作を起こして痙攣し、脳腫脹も併発して入院から25日後に死亡した。結局70頭の馬が感染し、感染した馬や死亡した馬と接触のあった7人が死亡した。

科学者たちが病気の詳細を突き止めるまでに、数カ月かかった。オーストラリア人が「フライングフォックス」と呼ぶオオコウモリが、牧場に生える果樹に集まっていたと見られる。病気の広がった地域には、約2000万年前からオオコウモリが生息している。しかし、コウモリの自然生息地である熱帯雨林は、道路建設や森林伐採、牧場の開発によって分断されてしまった。さらに気候変動によって、コウモリもだんだん食べ物を見つけるのが難しくなってきている。そこで彼らは、人間の住む地域へと移動してきた。オオコウモリは牧場の木々をねぐらにして草の上に尿を撒き散らしたが、そこには未知のウイルスが混じっていた。後にヘンドラウイルスと名付けられることとなる。まず草の上に放牧された馬がウイルスに感染し、そこから飼育員へと感染した。幸いなことにヘンドラウイルスの感染力は低かったため、すぐに感染は収拾した。

このストーリーは、2つの重要な意味を持つ。第一に、感染が典型的な「スピルオーバー式」だという点。中国南部やベトナム北部またはラオス辺りに生息するキクガシラコウモリを起源にするとされる、新型コロナウイルスに通じるものがある。どこでどのようにコウモリからヒトに感染したのかは、具体的に解明されていない。新型コロナウイルスの感染が初めて確認されたのは、2019年末、中国の武漢市だった。だからと言って、ヒトへの最初の感染が武漢だったとは限らない。ひとつの仮説は、洞窟を探検中にウイルスを含んだ生き物の糞に接触した人間が感染し、感染者本人かそこから感染した人が武漢市を訪れた結果、感染拡大が始まったとするものだ。また、最初にセンザンコウなどの生物が中間宿主となったとする説もある。センザンコウはアルマジロに似た動物で、アジアの一部では珍味として食されたり、肉の薬効成分が珍重されている。武漢にある野生動物も扱う市場でヒトに感染したという仮説だ(中国国内の研究所からウイルスが流出したとする説は、完全に誤りだとされた。)「コウモリからヒトへ、どこでどのように感染したかを完全に解明するのは難しいだろう」とプローライトは言う。HIVの場合、1908年にカメルーンにおいてチンパンジーからヒトへ血液を通じて感染した可能性が高い、と結論付けるまでに30年かかった。


なぜコウモリが致命的なウイルスの宿主となりやすいのか?

ヘンドラウイルスが無視できないもうひとつの理由は、健康なコウモリでも感染病を持っている可能性があることを科学者らに警告した点だ。コウモリからヒトへと感染するウイルスを挙げていくと、ヘンドラ、マールブルク、エボラ、狂犬病(犬の他、アライグマなどの哺乳類からも感染する可能性があるが、米国ではコウモリが宿主となる場合が多い)と、長く恐ろしいリストになる。なぜコウモリが致命的なウイルスの宿主となりやすいのだろうか? ひとつの理由としてコウモリは、自分が病気にかからずにさまざまなウイルスの宿主となれる免疫システムを有している点が挙げられる。コウモリは長寿命(最大40年程度)で、病原菌を拡散する機会も多い。行動範囲も広く、餌を求めて一晩に50km近く移動する種類もある。さらに注目すべきは、気候温暖化の進行に合わせてコウモリは居住地を移動していることだ。「気候変動は、コウモリの生態を根本から変えようとしている」とプローライトは指摘する。「コウモリは虫を餌にする種類が多いため、気候変動はコウモリの食物源に影響を与えるだけでなく、生理的ストレスや居住場所、人間との関係性にも影響している」

ヘンドラウイルスのおかげで、疫学者らがオオコウモリとウイルスとの関係性に注目したかもしれない。しかし1998年にその関係性は異様さを増した。ヘンドラウイルスに近いニパウイルスが、マレーシアで発生したのだ。ほぼ同時期に、コウモリを宿主とする別の2種類のウイルスがアジアとオーストラリアで発見された。深刻な感染の兆候だ。「1種類の動物から4種類のウイルスが発見されることなど、前代未聞だ」とプローライトは言う。問題は「なぜか」ということだ。

ニパウイルスは、高熱、脳腫脹、痙攣といった症状を伴う特に恐ろしい病原菌で、致死率は75%に達する。生存した場合でも、3分の1は神経障害を負う。1999年に分離・特定された同ウイルスは、マレーシアとシンガポールの養豚業者や、豚との密な接触があった人々の間に広まった。養豚場近くの木にぶら下がったオオコウモリが、ウイルスに感染した自分の唾液が付着した果実を地面に落とし、それを豚が食べたのだ。ニパウイルスに感染した豚は比較的軽症だったが、ヒトの場合は約300人の感染者の内、100人以上の死亡が報告されている。感染拡大を食い止めるため、100万頭以上の豚が殺処分された。2001年には、バングラデシュで2度目の大流行が発生した。今回は、コウモリを通じてウイルスが感染したナツメヤシの樹液を口にした人々が感染した。バングラデシュでは、2001年〜2014年の間にニパウイルスの感染例が248件確認されたが、ヒトからヒトへの感染は82件だった。致死率は78%で、193人が死亡している。「ニパウイルスの感染拡大を防げた唯一の要因は、ウイルスが無症候性では無かったことによる」とプローライトは言う。「ニパウイルスに感染すると自覚症状があるため、封じ込めが容易だ」

しかしウイルスは変異し、新たな菌株が発生する可能性がある。ニパウイルスは、麻疹やおたふく風邪と同じパラミクソウイルス科に属する。どちらもヒトの集団の中で広がりやすい。ニパウイルスも、少し変異するだけで致死率の高いパンデミックを引き起こす可能性がある。「ニパウイルスの感染性が高まれば、黒死病クラスの大流行もあり得る」と、スタンフォード大学のスティーブン・ルビーは懸念する。


「ウイルスを運ぶコウモリが餌を取れるかどうかは、気候に左右される」

プローライトにとって、気候危機と病気との関係は明らかだ。「ウイルスを運ぶコウモリが餌を取れるかどうかは、気候に左右される」と彼女は説明する。「森の開花時期はいつか? そして開花のきっかけは何か? あまり解明されていないが、気温、季節、雨量などあらゆるファクターに起因する。気候は主要な要素のひとつだ。あらゆるものの変化のスピードは早い。周囲の自然に広がる貯食のネットワークを見てみると良い。ある種のコウモリが食を求めてあちらこちらへと移動しているのがわかる。花と蜜に群がって、餌が無くなると次の場所へと移る。そうやって自然の暮らしの中に食べ物が無くなると、今度は人間の住む家の庭や馬小屋など、とにかく餌が豊富にある場所を求めてやって来るのだ」

コウモリと、ヒトを含む他の動物との接触の機会が多いほど、彼らの保有するウイルスが拡散する可能性も高まる。「新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)は、人道的危機を起こしている」とプローライトは指摘する。「しかし、無症状者の間での感染が一定期間続いた後で、人口の半分が死亡するような状況を想像できるだろうか? それは正に今私たちが直面している危機だ。気候変動のスピードが早ければ早いほど、そのリスクは高まる」

ヒューストンの寂れた郊外にある設備の整っていない小さな研究所で、マックス・ビジラントが数百匹の蚊の死骸を選別しながら、羽の生えたテロリストであるネッタイシマカを探している。ビジラント(58)は、ハリス郡公衆衛生部の蚊・媒介生物対策部門で運営責任者を務めている。彼は、全米屈指のモスキートハンターとしても知られている。彼は、苦労して専門知識を身に付けた。カリブ海のドミニカ国で生まれた彼は、16歳の時にデング熱にかかったが、レモン汁を使った民間療法で対処した。この経験が彼の人生を変えた。以降彼は、蚊と人間の健康との関係性について研究している。

彼の前にある死んだ蚊の山は、数時間前までヒューストン郊外を飛び回っていた。ビジラントは、蚊取り器で捕らえた蚊を研究所の冷凍庫に放り込み(ただし3分間だけ)、分類を始めた。グループ分けされた蚊はすり砕かれ、いくつかの検査によって含まれる病原体を調べられる。ハリス郡は蚊の多い地域で、毎週数千匹の蚊がすり砕かれ、恐ろしい病原体を持っていないかが調べられている。厳密には精密な検査方法とは言えないが、多くの都市ではこのレベルの検査も実施していない。

ビジラントが分類している蚊の大半は、米国南部にどこにもいるイエカ属の蚊だ。しかし、ビジラントが探しているのは別の種だ。彼は死骸の山から1匹を取り上げる。パッと見たところは、他の蚊と見分けが付かない。彼は蚊のふさふさした眉の部分を指して、メスとオスの見分け方を示してみせる。「彼女の腹の部分の白い縞が見えるかい?」と、デスクの上に置いた大きな拡大鏡を通して1匹のメスの蚊を見せた。「白いタキシードを着ているようだろ?」

ビジラントは蚊を大事そうに持ち上げて、さまざまな角度から見せてくれた。「これがネッタイシマカだ。美しいだろ?」と彼は言う。


気候変動が蚊に与える影響

世界には、およそ3000種類の蚊がいる。その中でも公衆衛生の観点から懸念される種類は、ほんのひと握りだ。ウエストナイルウイルスを運ぶアカイエカ、ヤブ蚊としても知られ、アジアから最近米国へ渡り、デングウイルスやジカウイルスの宿主となり得るヒトスジシマカ、ヒトの血液に執着するネッタイシマカなどが挙げられる。

中でもネッタイシマカはデング熱、ジカ熱、黄熱、チクングンヤ熱の原因となるウイルスを運ぶ強力な媒介者であり、地球上で最も危険な生物の1種類だと言える。同時に、最もヒトに近い存在でもある(ファウチ博士曰く、ネッタイシマカは”独特のヒト寄生性”があるという)。蚊の中のゴールデンレトリバーとも言えるような存在で、人間の家の中や周囲を居心地が良いと感じ、ボトルキャップに溜まった清潔で新鮮な水の中やプランターの縁に卵を産みつける。他の種類の蚊よりも高温を好むため、温暖化した地球上での暮らしにうまく適応しやすい。

気候変動が蚊に与える影響は、容易にモデリングしやすい。蚊は気温の変化にとても敏感で、基本的に居心地の良い地域を求めて移動する性質がある。そして、蚊にとって居心地の良い地域が、拡大を続けている。ネッタイシマカが媒介する病気の感染数は、米国を含む世界中で毎年5000万を超える。症例は50年前と比べて30倍に増えている。その原因は、気候変動や土地開発、人口増加による。例えばメキシコシティは、ネッタイシマカが定住するには気温がやや低過ぎた。そのためメキシコの低地を悩ませてきた黄熱、デング熱、ジカ熱が徐々に減少していた。しかし今では、気温の上昇と共にネッタイシマカが見られるようになってきた。メキシコシティに住む2100万の人々にとっては、警戒すべき事態だ。ネッタイシマカが現れる場所ならどこでも、デング熱やジカ熱をはじめとするさまざまな病気が発生するのは間違いない。同様の現象は、ネパールでも見られる。ネパールでは最近まで、蚊が媒介する病気はほとんどなかった。2015年、ネパールにおけるデング熱の発生件数は135件だったが、2019年には1万4662件に増加した。2019年夏のフロリダにおけるデング熱の症例はほとんど見られず、60件程度で死亡者もいなかった。しかしこれは、米国におけるデング熱の流行地域が北上している可能性を示唆している。

他の地域における蚊の媒介する病気は、もっと複雑だ。特にサブサハラ・アフリカ地域の子どもたちの間に広まるマラリアによって、年間40万人以上が亡くなっている。最も酷い症状をもたらすのは、ガンビアハマダラカが宿主となって運ぶ熱帯熱マラリア寄生虫によるものだ。ガンビアハマダラカは、ネッタイシマカほど美しい姿ではなく体も小さい蚊で、高気温を嫌う。地球温暖化の進行により、西アフリカはガンビアハマダラカにとって気温が高くなり過ぎたため、より気温の低い東部や南部アフリカへと移動すると見られている。医学地理学者のサディー・ライアン(フロリダ大学)の最近の研究によると、高い炭素排出量を維持する状況(より厳しい地球温暖化をもたらす可能性がある)が続くならば、2080年までにアフリカの東部や南部地域でさらに7600万人がマラリア感染のリスクに晒されるという。同時に、高温を好むネッタイシマカが、ガンビアハマダラカのいなくなった西アフリカへ移動し、デング熱やジカ熱などの病気を広げる可能性がある。


Hyalommaダニの恐ろしさ

他の米国南部地域と同様、ヒューストンではネッタイシマカが定着しているものの、数は多くない。ヒューストンでは2003年に初めてデング熱が流行し、2016年にはジカ熱が急に発生した。ネッタイシマカを継続的に追跡しているビジラントをはじめとするハリス郡公衆衛生部の蚊・媒介生物対策部門のメンバーは、ネッタイシマカが死をもたらす前兆であることを理解している。ネッタイシマカを退治する唯一の現実的な対策方法は、殺虫剤だ。ハリス郡では、大量発生が疑われる場所にピックアップトラックの荷台から殺虫剤を噴霧している。しかしネッタイシマカやその他の蚊は、商用の殺虫剤への耐性を持つようになってきた。「私たちは、蚊との闘いに敗れようとしている」と、ガルベストン国立研究所のスコット・ウィーバーは言う。生まれてくるメス蚊を不妊化する遺伝子操作など、将来有望なテクノロジーが進化するかもしれない。しかし現時点ではネッタイシマカが、最も潜在的で止めようの無い将来の病原体の媒介者として君臨している。アンソニー・ファウチ博士が書いているように、「ネッタイシマカへの感染に成功したウイルスは、数十億人の人間に感染する可能性がある」のだ。

外から見ても分からないかもしれないが、ガルベストン国立研究所は病原体研究の要塞だ。同研究所は、テキサス大学メディカルセンターのキャンパス内にあるその他の施設と並んでいる。外側はコンクリートの壁に囲まれ、屋根には奇妙な形の排気装置がある。それ以外は、学生が化学の授業を受ける建物と変わりがない。内部は、米国内でも有数のバイオセーフティーレベル4(BSL-4)の構造で、エボラ、ニパ、マーブルグなど世界で最も危険なレベルのウイルスを扱っている。


ガルベストン国立研究所で、クリミア・コンゴ出血熱の原因となるダニ(Hyalomma)を研究するデニス・ベント。(Photo by Mark Kinonen/University of Texas Medical Branch)

BSL-4の研究室が、デニス・ベントの仕事場だ。黒々とした口髭を蓄えた肩幅の広いドイツ訛りのベントは、ドイツ北西部の小さな街で生まれ育った。ハノーバーで獣医学を学んだ彼は、生物媒介の感染症に興味を持つ。しばらく蚊について研究した後で、今度はダニの方に興味を惹かれた。

BSL-4の研究室は基本的に、大きな建物内のコンクリートの箱だ。研究室へ入るのは、まるで宇宙空間へ飛び出していくような感じがする。ベントはまず廊下を通り抜けながら清潔な医療用衣を手に取り、更衣室へ入って着替える。次の部屋では、彼が「宇宙服」と呼ぶ清潔なプラスチックのヘルメットと手袋が内蔵された専用のスーツを身に着ける。スーツ内の加圧と呼吸用の空気を送り込むためのエアホースを取り付け、ミシュランマンのようにスーツを膨らます。準備ができたら気密室へと進む。気密室は、危険な病原体と外部とを遮断するための最も重要なバリア役を果たす。そこからさらに気密型の重いドアを2つ通り抜けて、ようやくホットゾーンへ足を踏み入れることができる。

研究室の中で彼は、地中海盆地原産で見た目が華やかなHyalommaダニを研究している。胴体は茶色で、脚には黄色い縞模様が入っている。ニューヨーク州北部で見られる太く短い脚のシカダニよりも、ずっと長い脚を持つ。まるでクモのような姿をしているが、それも不思議ではない。ダニは昆虫ではなく、クモやサソリと同じクモ形類に分類されるからだ。長い脚のHyalommaは、ダニ界のスピード狂だ。YouTube上には、まるでレイヨウを追うライオンのように人の後を追いかけるHyalommaの動画も投稿されている。他のダニと異なりHyalommaは捕食性で、ダニとしては珍しく目を持っている。「Hyalomma」は、ギリシャ語で「ガラスの目」を意味する。ダニの多くはCO2センサーを使って血の匂いを嗅ぎ分けるが、Hyalommaは地面の振動を感じ取ると同時に獲物の影を目視して、近くの人間(または好物である家畜)を追いかける。


「ダニをより深く研究するほど、新たなウイルスが発見される」

しかしベントは、Hyalommaの運動能力と視力の高さに注目して研究しているのではない。ヒトに感染させるクリミア・コンゴ出血熱(CCHF)の原因となるウイルスの主要な宿主である点に着目しているのだ。CCHFは簡単に言えばエボラがやや弱まった疾患で、多くの場合、高熱、関節痛、嘔吐を伴う。また、顔や喉に赤い発疹が出る。発病から4日程度で酷いあざや鼻血といった症状が見られ、多くの場合、さまざまな場所からの出血が止まらなくなる。症状は2週間程度続く。今のところ治療法も、ワクチンも、治療薬も無い。CCHFの致死率は、約5~30%だ。

現時点でベントが知る限り、米国内でHyalommaダニが存在するのは、ガルベストン研究所内だけだ。自然の世界では、北アフリカ、アジア、ヨーロッパの一部(トルコでは年間約700件のCCHFが確認されている)に生息している。温暖で乾燥した気候を好むHyalommaダニは生息地を拡大しつつあり、近年はスペインやインド北部でもCCHFによる死者が出ている。

ベントは彼の研究室内でHyalommaダニのコロニーを形成し、ネズミやウサギを与え、CCHFウイルスに感染させている。「CCHFウイルスはネズミやウサギにはなんの影響も無い。ヒトに対してのみ危険なウイルスだ」とベントは指摘する。彼はHyalommaダニとCCHFに関する根本的な問題を研究している。人々は自然の中を歩きながら、まさか自分が目玉から出血するウイルスに感染するなどとは考えもしないだろう。CCHFはそんな人々を震え上がらせるに違いない。問:Hyalommaダニは米国内に定着するだろうか? 答:ほぼあり得ないだろう。問:アフリカで他の種類のダニがCCHFウイルスを運ぶ可能性はあるか? 答:あり得るが今のところ「二次的だ」とベントは言う。問:CCHFの空気感染はあるか? 答:「CCHFはとても古いウイルスで、今になって突然変異する理由はない」とベントは言う。しかしベントは、引き続き懸念を抱いている。

病原体の媒介者として、ダニは蚊とは大きく異なる。蚊の寿命が数週間なのに対し、ダニは最長2年間も生きる。しかし、気温の変化に敏感で寒冷気候や乾燥気候で長く生きられない点は、蚊と同様だ。地球温暖化が進む中で、ダニは暖かい地域へ居住地を拡大している。1年間に50km近くも北へ移動している種類がいる。吸血動物の見たことも無いパレードが、新たな地域を占領している。殺虫剤で駆除するのは難しく、また彼らは生き抜くための多くの技を持っている。ダニは落ち葉の上に唾を吐いておき、喉が渇いた時に飲む。そうやって長期間水が無い環境下でも生き延びることができるのだ。気温の上昇もまた、ダニの食生活を変えている。最近のある研究によると、気温が上昇すると、クリイロコイタマダニが噛み付く標的をイヌからヒトに向ける比率が倍増するという。クリイロコイタマダニは、致死率4%のロッキー山紅斑熱を媒介する。米国ではダニが媒介する感染症が20種類以上あるが、新たな種類の感染症が次から次へと発見されている。「ダニをより深く研究するほど、新たなウイルスが発見される」と、マヨ・クリニック(ミネソタ州ロチェスター)のボビー・プリット(微生物学)は言う。


フタトゲチマダニの繁殖は「重大な懸念」

ライム病は、地球温暖化を象徴する脅威と言える。シカダニが媒介するボレリア・ブルグドルフェリというバクテリアが原因となるライム病は、1970年代半ばにコネチカット州で発見された。現在では、健康への脅威をますます高める存在になっている。CDCによると、米国内で報告されている感染例は1990年代後半以降、3倍に増加している。ライム病は「米国民の日常生活にとって未曾有の脅威」になりつつある、とベネット・ネムサーは言う。ネムサーは、スティーブ&アレクサンドラ・コーエン財団のコーエン・ライム&ティックボーン・ディジーズ・イニシアチブを取り仕切っている。「年齢、性別、政治的関心、経済状況にかかわらず誰でも、草地にいるダニが付着する可能性がある」

ライム病を運ぶダニの生息地域が拡大してきた原因は、気温だけではない。分断化が進む米国北東部の地形にも原因がある。郊外の開発で森林伐採が進むにつれ、キツネやフクロウの数が減っている。結果として、ライム病の原因となるバクテリアを主に媒介するシロアシネズミの爆発的な増加につながった。感染したネズミにダニの幼虫が寄生し、ライム病にかかったダニを通じて無差別に人々へ拡散するのだ。

しかしベントの見解では、ダニ世界で最も懸念される状況は、フタトゲチマダニの米国への襲来だという。ベントは「教訓」と呼んでいる。オーストラリアとニュージーランドを含む東アジアを原産とするフタトゲチマダニ(学名:Haemaphysalis longicornis)が、いつ、どのように米国大陸へ上陸したのかは定かでない。米国内では、2017年にニュージャージー州で初めて存在が報告された。それから1年以内に別の8つの州でも発見され、さらに広がり続けている。急速な拡散の原因のひとつは、メスダニの特徴的な生態にある。メスはオスと交配すること無く、自分自身のクローンを再生できる。これは単為生殖と呼ばれ、制御は極めて困難だ。「この種の根絶は現実的でない」と、昆虫学者のイラ・ロクリン(ラトガーズ大学)は言う。

攻撃的なフタトゲチマダニは、大量の血液を求めて集団で標的を襲う。彼らは特に畜牛を好む。ニュージーランドやオーストラリアの一部地域では、フタトゲチマダニが原因で乳牛の生産性が25%減少した。現時点で、北米においてフタトゲチマダニがヒトへ病気を感染させた痕跡は無い。しかしまだ油断できない。マヨ・クリニックのプリットは、フタトゲチマダニの繁殖を「重大な懸念」と表現している。フタトゲチマダニは、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)や日本紅斑熱の原因となるウイルスを含む、何種類かの致命的なヒト病原体を媒介する。「これらの病原体は今のところ米国内で発見されていないが、将来的なリスクは否定できない」とプリットは語った。


地球規模の感染症監視システムが必要

重症熱性血小板減少症候群に近い種類に、クリミア・コンゴ出血熱(CCHF)がある。ベントは、科学者が「媒介者の交換」と呼ぶ現象を懸念している。つまりCCHFウイルスの媒介者が、米国ではベントの研究所以外に存在しないHyalommaダニに代わって、全米に拡散しつつある攻撃的なフタトゲチマダニへと移る状況だ。

CCHFウイルスは、フタトゲチマダニにも広がるだろうか? 「自然界は複雑だ」とベントは言う。「ダニのひと噛みから大惨事につながる、という筋書きは好きでない。しかし同時に、実際に起きないとも限らない」

私はマックス・ビジラントに、ヒューストンで病原体を持った蚊が最も多く生息する地域を案内してくれるよう依頼した。デング熱やジカ熱などのウイルスに感染するリスクの高い地域だ。私たちは研究所から(コロナウイルス感染対策のため別々の)車に乗り、30ブロック程進んだ場所にある黒人とヒスパニック系の多く住む平屋根の住宅地へと向かった。取材の時点で新型コロナウイルスは猛威をふるい、通りには人けも無く、病院は満床状態だった。全米第4の都市がゴーストタウンのようになっていた。交差点付近に車を停めると、向かい側の駐車場には放置された多くの車や、前輪を失い牛乳箱で支えているオートバイが見えた。枝の伸びたオーク、葉の茂ったヤシの木、伸び放題の草など、周囲は緑に囲まれている。もしも自分が病原菌だったら、隠れるのに最適な場所だと感じた。それから私は、周囲の貧困状態にも注目した。窓の網戸は壊れ、暑い気候にもかかわらず、エアコンの音がどこからも聞こえてこなかった。

「蚊にとっての天国だ」とビジラントは、蚊の産卵場所になり得る道路脇の排水溝を指差した。周囲の木陰を日中の休憩場所にして、壊れた網戸の隙間や開け放した窓から入り込み、ヒトの血を簡単に吸えるのだ。「故郷のドミニカを思い出す」とビジラントは言う。


ガルベストン国立研究所で、クリミア・コンゴ出血熱の原因となるダニ(Hyalomma)を研究するデニス・ベント。(Photo by Mark Kinonen/University of Texas Medical Branch)

新たなパンデミック時代を懸念する公衆衛生当局、科学者、活動家らの間では、備えの必要性が話題になっている。「地球規模の感染症監視システムが必要だ」と、非営利団体エンディング・パンデミックスの代表を務めるマーク・スモリンスキは言う。同団体は携帯電話やその他の単純なテクノロジーを利用して、感染が疑われる人々の状況を公衆衛生当局へと通知する取り組みを8か国で展開している。米国にはかつて、新たな感染症流行に備え、検知するためのPREDICTをはじめとする国を挙げた大規模なプログラムがあった。オバマ政権のEmerging Pandemic Threatsプログラムの一環として2009年に始まったPREDICTは、2005年の鳥インフルエンザH5N1型の大流行がきっかけとなった。PREDICTプログラムは200億円以上の予算をかけて、アフリカとアジアの30か国の約5000人の科学者を養成し、ヒトに影響を及ぼす可能性のある動物ウイルスを検知できる60の研究所の新設・強化を促進した。PREDICTに関わる科学者は16万以上の生体サンプルを収集し、エボラの新種を含む1000種近い新型ウイルスを発見した。

ところがトランプ政権は、特にオバマ政権下で始まった、世界規模の公衆衛生に貢献するあらゆるプログラムの継続に興味を示さなかった。新型コロナウイルス感染症が大流行するわずか数カ月前の2019年10月、PREDICTの予算が尽きた。トランプ政権は4月になってプログラムの緊急延長を許可したが、時期を逸していた。バイデン次期大統領は、PREDICTの再開を約束している。また、トランプ政権が2018年に別組織と統合した国家安全保障会議内の部門(Directorate for Global Health Security and Biodefense)も、復活させる予定だ。バイデン政権で首席補佐官を務める予定のロン・クレインは、オバマ政権時の2015年にアフリカでエボラ熱が大流行した際の「エボラの専門家」として広く名を知られた。次期政権では、ホワイトハウスが新型コロナウイルス対策本部となるに違いない。


パンデミックは政治の問題

世界の中でも特に化石燃料の消費量が多い都市の寂れた通りに立って改めて認識したのは、感染症の監視体制の不備だけが主な問題では無い、と言うことだった。最大の問題は、私たちの生き方にある。郊外の住宅地を造成したり食肉工場で牛を飼育するために森林を伐採し、化石燃料を消費して家庭や自動車に使う電力を供給している。全ては地球温暖化を促進し、自然界に大きな影響を及ぼす。ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の気候・衛生・地球環境センターで暫定理事を務めるアーロン・バーンスタイン博士は言う。「もしも感染症の発生を防ぎたければ、まずは生物圏のあり方を真剣に考え直す必要がある。私たちは新たに発生した種を、これまで存在しなかった種類に分類して知らぬふりをし、新たな感染症の発生に繋がらないことをただ願っている訳にはいかない」

新種の感染症だけの話ではない。気候変動によって私たちは、既存の感染症に対しても脆弱になる可能性がある。世界の中でも特に貧困な地域における食糧生産量は、気温の上昇と干ばつのために減退するだろう。「気候変動によって人間が被る最も大きな健康被害は、特にエチオピアやマリなどによく見られる栄養失調の人々の間に流行する結核や麻疹などの一般的な疾患だろう」と、スタンフォード大学のスティーブン・ルビーは言う。「飢えた状態では、バクテリアやウイルスに対する抵抗が弱まるのだ」

新型コロナウイルスの感染者数が米国で初めて100万人を超えたテキサス州では、感染症監視のより良いシステムがあったとしても状況は変わらなかっただろう。新型コロナウイルスによってバタバタと人が亡くなる中で、州内の中規模の街を歩いても誰一人としてマスクを着用していない。テキサス州知事を務める忠実な共和党員のグレッグ・アボットは、市長や郡判事らと、商店への休業命令権限やマスク着用の義務化について激しく衝突した。最も被害を被るのはいつでも、貧困層や有色人種、保険の未加入者、そしてハイテクの化石燃料中心の社会の端で生きる人々だ。結局のところ、パンデミックは政治の問題であり、科学の問題では無いのだ。

闘いは続く。私と少し話した後でビジラントは、自分のトラックの後ろからつるはしを取り出す。道の真ん中にあるマンホールの蓋の穴につるはしの先を引っ掛けて力ずくで開くと、蓋の裏には蚊取り器がぶら下がっていた。ドライアイスの容器とライトが鎖で繋がれ、その先には網の罠が付いている。蚊は、ライトの光とドライアイスから発生する二酸化炭素に寄って来て、網の罠に引っかかるのだ。新たな病原菌が街に入り込んでいれば、ここで見つかるはずだ。

ビジラントは罠を外して持ち上げて見せた。中には数百匹の蚊が飛び回っている。それぞれが異なる組み合わせの病原菌を持ち、これまでヒトに感染したことの無いウイルスや寄生虫を運んでいる可能性もある。新種の病原菌はヒトへ感染する前に死滅してしまうかもしれないし、生き延びて無限に複製を繰り返し、文明の行方を変えてしまうかもしれない。

from Rolling Stone US