数多くのビッグマッチをプロモートしているサウジアラビアの王族で娯楽庁の長官が、スーパーバンタム級の4団体統一王者である井上尚弥(31、大橋)とKO率93%を誇るWBA世界ライト級王者のガーボンタ“タンク”デービス(29、米国)とのドリームマッチの実現に言及したことが世界中で話題となっている。その中で井上陣営の共同プロモーターで重要な発言力を持つトップランク社のボブ・アラムCEOが17日、「この試合は現実離れし過ぎている」と3階級も離れた2人の対戦の実現に否定的な考えを示した。英国の歴史あるボクシング専門誌「ボクシング・ニュース」のユーチューブチャンネルのインタビューに答えたもの。海外のメディアやSNSでは様々な意見が飛び交うなど世界のボクシング関係者やファンが井上vsデービスの実現の行方に注目している。

 問題は3階級(5.89キロ)ある体重差

 やはり3階級差もある井上vsデービスは実現不可能なカードなのか。オイルマネーをバックに数多くのビッグマッチを実現してきたサウジアラビアの王族で娯楽庁の長官であるトゥルキ・アラルシク氏が、米の格闘技専門メディアのインタビューに答え「彼らが適正体重で適切な提案をしてくれれば、それを私は実現できる」と断言したことの反響が世界中に広がっているが、その中で重要人物の1人が口を開いた。
井上陣営の共同プロモーターで世界的プロモーターでもあるアラムCEOが、英ボクシング専門誌「ボクシング・ニュース」の直撃インタビューに、こう見解を述べたのだ。
「閣下に反論するわけではないが、私にとっては、井上の素晴らしい才能と同じくらい、(このカードは)現実離れし過ぎているように見える」
サウジアラビアの王族がリヤドに招聘したWBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英国)対WBA、IBF、WBO世界同級王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)の4団体統一戦のゴングが近づいているが、その試合のために現地入りしたアラムCEOが、率直な意見を口にしたのだ。
井上が4つのベルトを持つスーパーバンタム級のリミットは55.34キロでデービスが戦うライト級は61.23キロがリミット。両者には5.89キロもの体重の壁がある。アラルシク氏は、井上が増量し、デービスは減量、互いに歩み寄ってのキャッチウエイトを対戦実現の条件としたが、アラムCEOは、そこに異論を唱えた。
アラムCEOは、これまでも「選手には適正なフレームというものがある。井上はフェザー級では十分にやれるだろうが、ライト級に上げるなど論外。そんな危険を犯す必要はない」という主張をしてきた。井上の安全が確保できないような無謀な階級アップには反対してきた。
井上の父で専属トレーナーである真吾氏も「上背がないので階級アップには限界がある。肉の塊みたいになってナオが試合するのは見たくないですよ。私たちが追求してきたボクシングのスタイルではなくなってしまう」と無茶な階級アップには反対の考え。やはり3階級もの壁を考えると実現は難しい。ただでさえ、デービスは29勝27KOの戦績が誇るようにパワーを武器にした“倒し屋”なのだ。

 キャッチウエイトがちょうど両者の中間地点となる58.29キロであれば、まだ実現の可能性はあるかもしれないが、デービスの体重調整は楽ではない。
デービスは2017年1月に獲得したIBF世界スーパーフェザー級王座(58.97キロ)からトップに君臨し始めたが、2度目の防衛戦で体重超過して王座を剥奪されるなどし、2019年にライト級に転級した。ライト級でも1度目の計量でオーバーしたことがあり2021年にはスーパーライト級に転級し、WBA世界同級王者のマリオ・バリオス(米国)に挑戦し11回TKO勝利で3階級制覇に成功している。再びライト級に戻したが、減量が厳しくキャッチウエイトに合意するかどうかも微妙だ。
デービスも井上戦の実現についてアラムCEOのインタビューを取った「ボクシングニュース」のインタビューに答え「もしオレが130パウンド(58.97キロ、スーパーフェザー級)まで下げられて、彼(井上)も少し上げられれば、あり得ないこともないが…」と語り「彼と対戦することは正直イメージできない」と結論づけていた。
アラムCEOは、むしろ1年ぶりの復帰リングで元ライト級の4団体統一王者のジョージ・カンボソス(豪州)をボディショットでキャンバスに沈めて、IBF世界ライト級王者となったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の対戦候補として、デービスの名前を出した。
「デービス?可能性はある。(WBC世界同級王者のシャクール・)スティーブンソンもデービスもロマチェンコと戦いたがっている。(3階級制覇王者のエマヌエル・)ナバレッテが土曜日(WBO世界同級王座決定戦)に勝てば試合を望むかもしれない。(誰と戦うかは)ロマチェンコ次第となる」
米メディアで議論となっているのもその体重問題。
米専門サイト「3キングスボクシングワールドワイド」も「障害は両者の体重だ。キャッチウエイトでなければならない。問題はそれがどれくらいになるか。デービスは130パウンド(58.97キロ、スーパーフェザー級)で最初に世界王者となったが、現在のライト級王者は、体重を落とすことを厭わないのだろうか。ルイス・ネリを6ラウンドでTKOした井上は、『自分の体を限界まで追い込んでいる』と言った。ボクシングコミニティの多くは、31歳の井上がフェザー級より上で戦うことはないと感じている」との意見を報じた。

 同じく米専門サイト「ボクシングニュース24/7」も「これは非現実的」との見解を伝えた。
「井上は身長が低く108パウンド(48.97キロ、ライトフライ級)からプロキャリアをスタートさせた。140パウンド(63.50キロ、スーパーライト級)でボクシングをしてきたデービスに比べると小さすぎる。130パウンド(58.97キロ、スーパーフェザー級)での戦いでさえ不公平だし、そもそも、これはデービスが同意しない体重だ」
一方で批判的記事の目立つ米専門サイト「ボクシングニュース24」は、ライト級で戦えるという“的外れ”な議論を展開させた。
「ガーボンタは井上との戦いのために気絶するほど減量するつもりはない。井上は格下相手との戦いを堪能しておりデービスとの対戦に同意すれば、いきなりキャリアで初めて本物の殺し屋と対戦することになる。井上は135パウンド(61.23キロ、ライト級)でデービスと戦うのに十分な大きさがある。彼の通常体重が140パウンド(63.50キロ)台だと言っている人もいるので、デービスに対抗できる。だが、彼は才能のあるデービスと戦えば、彼の人気を危険にさらすことになる」
サウジアラビアにはオイルマネーをバックにした桁外れの資金力がある。井上はネリ戦でスポンサーフィーなどを含めて10億円とも言われるファイトマネーを手にしたようだが、デービス戦が実現すれば、それは20億円を超えてくる可能性がある。もちろんデービスにも同等の条件が示されるため厳しい減量に応じる可能性も捨てきれない。
「3キングスボクシングワールドワイド」は、「アラリシク氏の影響力は急速に強まっている。表面的には井上とデービスが対決する可能性は極めて低いように思われるが、この長官が実現の方法を見出し、それを実行できるなら、近年のボクシング界での大事件のひとつになるだろう」と期待を寄せているが、世界中の関係者やファンが、“最強”モンスターvsKO率93%の“最狂”デービスのドリームマッチの行方から目が離せなくなっている。