私という存在の由来は、どこにあるのだろう。特に民族としての由来は。

 「私の祖先は、琉球王国からの沖縄人である」と書いたのは、6年前に19歳の学生だった女性。彼女は生まれも育ちも大阪である。両親も西日本で生まれ育った。ただ、父方の祖父は沖縄出身で、幼い頃から沖縄戦の話を聞かされていた。彼女自身、自分のルーツの根拠は「今私の中に流れるこの血」にあると思っている。しかし彼女の経験を聞けば、そうでないとわかる。

 沖縄/琉球に帰属意識を持つようになったのは、中学・高校時代。当時ひどいいじめを受け、生と死を身近に感じながら自分が生まれてきた意味を考えていた。今自分が生きているのは、先祖から何千年も引き継がれた命であり、子孫へつないでいく使命があるからだ。そう思うことで、辛(つら)さを乗り越えてきた。

 使命をまっとうするために、何をしたらよいのか。今あるのは「沖縄に今までよりきっと何か大きなものを持っていく」という意志だけだ。たとえそれが、目に見えず、自分でもよくわからないものであっても。なぜなら、必ず自分の中にあると確信できるからだ。

 自己の由来は、過去にはない。それは、自分が生まれてきた意味を過去から手繰り寄せ、使命として引き受け、自分のあるべき姿を描く未来からやってくる。

 首里城は幾度も焼失に遭いながら、苦難を乗り越え、再建されてきた。それは、沖縄が沖縄であるための象徴として求められてきたからだ。焼失によって失われたのは、文化財ではなく「沖縄の心」だとしたら、再建されるべきは沖縄のあるべき姿であるはずだ。

 一つ一つ、時には批判の声も含め、多くの人々の「手油」によって磨きあげられる宝、それが「首里城」だろう。今すでに各地から再建支援が始まっている。私の住む神戸からも。

(門野里栄子、大学非常勤講師)