沖縄県と同様に定員内不合格が出る制度を採用する千葉県。「総合的な判断」という不明瞭な基準で障がい者を不合格にすることもあるが、過去30年間で障がいのある生徒は100人以上が合格している。合格を後押ししているのは、「共に育つ教育を進める千葉県連絡会」などの支援団体だ。普通高校合格を目指す生徒や家族と情報を共有しながら、教育委員会や学校側にも理解を求めている。
 会の源流ともいえる人物がいた。1999年に30歳で亡くなった金井康治さんだ。金井さんは脳性まひがあり、東京都足立区の養護学校(当時)小学部に通っていたが、弟や近所の友人と一緒の学校に通いたいと思い、転校を求めた。
 区の教育委員会は転校を認めなかったが、8歳だった金井さんは、校門が閉ざされる中「自主登校」を始めた。養護学校が義務化される前年の78年のことだった。
 金井さんの行動に対する支援は広がったが、足立区は区役所前の抗議行動に対し、バリケードを設置してまで金井さんを拒み続けた。結局、金井さんの転校はかなわなかったが、中学校、高校へは進学できた。
 千葉県で活動を支援する元高校教諭の佐藤陽一さん(59)は、金井さんの生活介助をした経験がある。「金井さんが自主登校を続けている間、ほかの障がいを持つ子どもは、普通学級に入ることができた。金井さんは見せしめになっていた」と振り返る。
 「分ける教育」にあらがった小学生の行動は、各地に波及した。草の根の要求は各地で実り、理解者も広がっている。千葉でも当事者や家族、支援者がつながり、県教委との交渉を経て一歩ずつ前進した。
 1浪して合格し、2004年に高校を卒業した山田興資(こうすけ)さん(35)は「修学旅行でスキーをしたことが楽しかった」と懐かしむ。高校3年の倉元勇希さん(18)は現代視覚研究同好会で絵に没頭している。
 会報では、2018年に卒業した小林夏美さん(20)の波瀾(はらん)万丈の学校生活をつづった「JKなっち」シリーズが好評を博した。それぞれの経験を共有しながら、「共に育つ教育」を目指す。
 会に参加する家族らは「一緒に小中学校を過ごした同級生は、高校を受験すると言っても疑問にも思わない」と口をそろえる。「合格できるかどうかは、制度よりも理解者がいるかどうかにかかっている。校長や教育委員会にそういう人がいれば、沖縄も変わると思う」と話した。
(稲福政俊)
 

 県立高校への進学を希望する重度知的障がいがある仲村伊織さん(17)と家族の活動は、ほとんどの中学生が高校進学し、社会では高校での学びが求められているにもかかわらず、成績が足りなければ空席があっても入学できない定員内不合格の問題をあぶり出した。「誰ひとり取り残さない」を理念に「質の高い教育をみんなに」を掲げるSDGs(持続可能な開発目標)にもつながる、共生社会に向けた高校のあり方を考える。