演習林で伐採の指導をする伊万里農林高の松本寛教諭(手前)=伊万里市の腰岳

 うなりを上げるチェーンソーが止まると、高さ20メートルを超えるヒノキがゆっくり傾いた。メキメキと音を立てて倒れ込み、どしんと地面を揺らす。「オッケー」「ドンピシャ」。伊万里市街地の南側にある標高487メートルの腰岳。昨年12月上旬、伊万里農林高の生徒たちが、演習林で伐採作業に取り組んだ。

 演習林は中腹の広さ26ヘクタールにスギ、ヒノキ、クヌギが植えられ、森林工学科の生徒が伐採や枝打ち、下草刈りなど林業の基礎を学んでいる。足場の悪い斜面での危険な作業。緊張が緩んでふざけ合っている生徒を、指導教諭が「何しょっか。バカたれが」としかり飛ばした。

 松本寛さん(52)は同校で19年教えているベテラン。「現場は瞬時の判断が求められ、誤れば大変なことになる。つい言葉も荒くなります」。13年前には、生徒が倒れた木の下敷きになる事故があり、演習が3年間中止になった。

 演習林は1939(昭和14)年、西松浦農学校に林業科が設置され、伊万里農林学校に改称した時につくられた。卒業生の回想記には、地下足袋で重い荷を背負って山に登ったこと、炎天下に汗だくになって下刈りをしたこと、寒さに凍えながら間伐作業をしたことなどが懐かしくつづられている。

 林業科OBの松本さんにとっても演習林は思い出深い場所だ。「枝打ちで木に登ったら弁当のとき以外は下りてくるなと言われて、木から木へ移動していた。今の生徒にそんな危ないことさせたら、問題になるよね」と笑う。

 学生時代、演習林は作業がきつくても開放感があり、山に登るのは楽しみだった。今も山の空気を吸うと気持ちが高まるが、先生になって向き合う生徒は総じてどこか冷めていて、温度差は年々広がっていると感じる。

 そこには若者の気質の変化もあるのだろうが、林業が産業として活力を失っていったのを反映しているようでもある。

 1992(平成4)年、林業科は農業土木を取り入れ森林工学科になり、演習林の授業は年間10回程度から半減した。そして昨年4月、伊万里農林は伊万里商業と統合して伊万里実業になり、今の2年生が卒業する来年3月をもって閉校する。森林工学科は森林環境科と名前を変えて残り、今のところ、演習林の授業が減ることはないという。