亡くなった6人の児童を悼む「花供養の歌」を合唱する児童たち=みやき町の三根東小

 通学に使われていた渡し船が転覆し、小学生6人が亡くなった「天建寺渡し船転覆事故」から70年目を迎えた13日、みやき町の三根東小(馬場﨑壮彦校長、152人)で「命について考える日」の集会が開かれた。全校児童や地域住民らが遺族の話を聞き、命の大切さに改めて思いをはせた。

 集会では全員で黙とうした後、当時小学3年生だった弟を亡くした佐賀市の古賀絹子さん(90)が講演した。弟が事故から23日目にようやく見つかったことや、家に帰ってきた弟に母が泣きながら「寒かったろうね」と語り掛けていたことなどを、時折涙声になりながら紹介した。天建寺橋が完成し、地域の人たちが安全に筑後川を渡れるようになったことを「6人の犠牲のたまもの」とし、「6人を語り継いでほしい。そして命を大切にしてください」と訴え掛けた。

 児童代表の6年の中山空君と下川佳祐君が、事前学習で事故について学んだ感想を発表した。中山君は「自分の命も顧みず、下級生を助けた上級生の勇気ある行動に感動した」と話し、下川君は「今生きていることに感謝し、亡くなった人たちを忘れないように語り継ぎたい」と述べた。発表後は参加者全員で、亡くなった児童を悼む「花供養の歌」を合唱した。

 事故は1950(昭和25)年2月13日午前8時10分ごろ、筑後川の「天建寺の渡し」で発生。通学途中の小中学生ら40人以上が乗船した渡し船が強風であおられて転覆し、全員が川に投げ出された。自力で岸にたどり着いたり、大人や上級生に救助されたりした児童もいたが、6人が力尽きて命を落とした。