材木町の中学3年女子の曳き子たちの“卒業写真”。「亀と浦島太郎」の左側に乗っているのが大庭ゆめさん=10月25日、唐津市西城内の曳山展示場前(提供)

 「この写真はずっと大事にする」。唐津第五中3年の大庭ゆめさんが、スマホの画面に目を落とす。10月25日に撮影した写真で、中央には唐津くんちの3番曳山(やま)「亀と浦島太郎」。曳山を囲んで肉襦袢(じゅばん)に鉢巻き姿の同級生。みんな女子で、材木町の曳き子に区切りを付ける“卒業写真”だった。

 女子の曳き子は、中学3年生までとする町が多い。くんち最終日の暮れ、展示場への曳山の格納時には「これで最後」と感極まり、涙を流す姿があちこちにある。小学1年生から曳き子の大庭さんもその時が近づいていた。そこに8月、新型コロナウイルスの感染予防で曳山巡行中止の知らせ。江戸時代から200年続く伝統行事が初めて行われない。「よりによってなんで今年なんだろう」。浮かない日々が続いていた。

 ▼最後の晴れ舞台

 毎年、同じように繰り返されるくんちだが、一人の曳き子にとっては特別な一年がある。曳山を動かすには世代に応じて役割があり、囃子(はやし)方を卒業する若者にとっても最後の晴れ舞台がなくなった。

 10月の夜、囃子の音が町に響いた。練習を中止した町もある中、6番曳山「鳳凰丸」の大石町は公民館で週2回の練習を開いた。囃子方のリーダーを務める唐津工高3年の渡辺禅士さんも、後輩たちに交じり笛や太鼓を鳴らした。

 囃子方の男子は高校3年生で卒業するのが決まり。本番のないつらさを抱えながらも「これで演奏するのは最後だから」と責任を全うした。中学2年から囃子方に参加。2人の兄はいずれもリーダーを務め、「早く追い付きたい」と練習に励んできたところだった。

 渡辺さんのほかにも同級生が参加した。同町の囃子方責任者の瀬戸謙志(のりゆき)さん(36)は「もし自分が同じ立場だったら、練習には来ない。曳山への思いが強い」と感心する。卒業後は市内の企業に務め、今後は曳き子の列に加わるという渡辺さん。「練習してもっとうまくなってほしい」と後輩たちに思いをつなぐ。

 ▼最悪から最高に

 一方、材木町の中3女子の大庭さん。もう曳けないと落胆し「来年くんちがあっても、家に引きこもろう思っていた」。そんな気分をあの写真が一変させた。撮影会は曳山の掃除に合わせた町の厚意。ちょうちんを持ったり、台車に乗ったり、くんちでは女子ができないことが許された。笑顔が自然にこぼれた。

 「最悪から最高の思い出に変わった。来年も曳ける子たちはうらやましいけど、悔いはない。家のおもてなしの手伝いなどをして貢献したい」と前を向く。巡行のないくんちを悲しむ市民も多いが、不遇な巡り合わせに折り合いをつけ、次を見つめる若者たちがいる。(中村健人)

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 唐津神社の秋季例大祭、唐津くんちは今年、新型コロナウイルスの影響で曳山巡行が中止になった。2日から誰も経験したことのない3日間を迎える。唐津っ子たちの受け止め、今の心境を聞いた。全4回で紹介する。