中国の『論語』には、「四十にして惑わず」とある。不惑の40代。だが実際の40代は、迷いと焦燥の連続だ。日々の生活、人間関係、仕事の進め方、世界との関わり方——自分の進む道はどこなのか。暗中模索のなかで、本はどんな存在なのか、どんな支えになっているのか、3人の読書家と話した。

座談会メンバー紹介

サンキュータツオ ……1976生まれ

東京生まれ。日本語学者、芸人。漫才師「米粒写経」として活躍する一方、一橋大学などで非常勤講師もつとめる。文学修士。著書に『これやこの サンキュータツオ随筆集』(角川書店)、『学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方』(角川文庫)などがある。

牟田都子(むた・さとこ) ……1977生まれ

東京生まれ。校正者。出版社の校閲部に勤務後、独立。これまで関わった本は『悲しみの秘義』(若松英輔著)、『おやときどきこども』(鳥羽和久著)など多数。共著に『本を贈る』(三輪舎)、『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)。

小国貴司 ……1980生まれ

山形県生まれ。『BOOKS青いカバ』店主。学生時代から古書店巡りを精力的に行い、現在に至る。『ブックオフ』には一家言あり。2004年リブロ入社。退社後、2017年1月に『BOOKS青いカバ』を開店。

屋敷直子 ……1971生まれ

ライター。

土屋広道 ……1972生まれ

本誌編集長。

三浦孝明 ……1978生まれ

フォトグラファー。

土屋 : 今年(2020年)、コロナ禍に見舞われて、本に何かを求めた人が多かったような気がするのですが、みなさんはどんな本を読んでいらっしゃいましたか。

牟田 : 今年の春から8月くらいまで、私は本が読めなかったんです。おふたりはどうでしたか?

タツオ : そこそこ読みましたね。4月ごろから時間ができたので、仕事関係じゃない本にようやく手をつけられるようになりました。大作や、数年前に気になっていた本を読みました。

小国 : 休業要請が出て店を閉める直前に、お客さんから駆け込みで注文をもらって、プルーストの 『失われた時を求めて』 のセットを売ったこともありました。この時期に長いものを読もうという意欲は、みなさんありましたね。

牟田 : こういう機会に、という本は私もあったんですが手が伸びなかったんですね。だから、自分が好きで昔から読んでいた作家の本を読み返したりとか、写真が多めのものを手に取っていました。そのひとつが、『バウルを探して〈完全版〉』。バウルというのは、インドにいる吟遊詩人というか、歌を歌う人なんですけど、放浪しているのでどこに行けば会って歌を聞けるのかわからない。それにノンフィクション作家の川内有緒さんが魅せられてしまって、友人と一緒に行ってみるんです。

タツオ : 実際にいるんですか。

牟田 : いるんですよ、今も。けっこう軽いノリで行ったら、ほんとうにどこにいるのかわからなくて右往左往するっていうノンフィクションです。

タツオ : 僕も再読ものが多かったかもしれない。毎年夏に『吾輩は猫である』を最初から読むんです。明治時代の空気感とか、年を追うごとに歴史を知るので、発見があって面白いんです。

小国 : 小島信夫の『抱擁家族』は読み直します。途中でやめて、そのままにすることもあるんですけど。

タツオ : 本って、途中でやめてもいいから、いいですよね。

牟田 : そうですね。フルコース食べなくても、おいしいメニューだけ味わって食べたらいいのにっていうことは、もっと訴えていきたい。

タツオ : それでいうと、この『どこからが病気なの?』は、けっこう読み返しました。市原真さん、「病理医ヤンデル」というツイッターアカウント名の方です。まず病気とは何か、から考えさせてくれる。正確な情報を得るためには何をすべきなのかというところから医療は始まっているんですね。それを説明するんじゃなくて追体験させてくれる。今年、どこからが風邪じゃなくてコロナなんだろうって考えたと思うんですけど、この時期読んでもらいたいです。

牟田 : そうですね。これを機に。

タツオ : 立て続けになりますが、橋本陽介さんの『「文」とは何か』。僕の専門は日本語学、表現や文体なんですけど、文法って説明しにくいんです。これは市原さんの医療とは何かという切り口と同じですが、文の定義から入って、ひとつの具体的な切り口から芋づる式に興味を引っ張って、最終的には全体を俯瞰(ふかん)できるようになっている。すごく面白い本でした。

小国 : 読みたい。文法というものをすっ飛ばしてきている感じはありますから。

タツオ : 言葉の定義つながりで『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』。これは英語の辞書をどうやってつくったかというお話です。日本の辞書にない困難として、ヌード、つまり肌色をどう定義するか、という問題があるんですよね。

牟田 : 色鉛筆に肌色というのは、我々世代にはまだあったんですけど。

タツオ : 肌色といえば無根拠に、あの黄色みがかったクリーム色を思いがちですけど、それは日本だけの話。いろいろな民族が共通して使う言語だからこそ、どういう記述を心がけたのかという、血のにおいがする本なんです。

「想像力を補うために日記を読みます」

小国 : 僕が持ってきた本は、ほぼフィクションです。『こびとが打ち上げた小さなボール』。韓国の連作短編集なんですが、誰が主人公というわけでもなく、各話にゆるいつながりがあります。格差の話がメインで、お金を巻き上げられる側と、巻き上げる側がいて、でも巻き上げる側の人も築いてきたものを手放さないようにあくせくしているだけで、登場人物たちは誰も幸せじゃない、という話です。

タツオ : あえて聞いちゃうんですけど、満たされている人がひとりも出てこない本を人にすすめるとき、どうしていますか。いつも迷うんですよね。

小国 : 全体的には不幸な小説なんですが、救いのようなものもあるんです。何もかもなくしてしまったふたりの男がいて、最後のシーンでそこに蛍が飛んでくるんですね。人間の都合ですべてが無くなってしまった荒涼な土地に、最後にどこからともなく「命」が帰ってくる。ひとつのシーンとか会話で、小説全体が救われるような感じがするものが、わりと好きなんです。

土屋 : いまお話に出た、格差については、大きな問題ですよね。

牟田 : 『仕事本』は、今年のコロナ禍におけるいろいろな職業の人たちが書いた2週間の日記を集めたものです。日記は、自分と違う職業の人が何を考えているのかがよくわかって好きなんです。ステイホームと言われていた時期、私は家にいることができたけど、いられない人もいた。ごみ清掃員の方の日記には、仕事だけど本当に怖い、と。私は想像力が貧困なので、それぞれの立場の人たちの言葉を聞くなり読むなりして、少しでも補いたいと思いながら読みました。

タツオ : 日記だと、『メーター検針員テゲテゲ日記』。メーター検針で家に行くと、基本的に煙たがられるんです。メーターの位置も検針する人のことをぜんぜん考えていない。自分とは違う仕事をしている人の日常を垣間見る。

牟田 : 『メイドの手帖』は、ごみ清掃員のアメリカバージョンの本で、メイドといっても住み込みじゃなくて、先方のおうちにお掃除に行く人たちなんですね。著者は離婚していて、娘を育てるシングルペアレントとして必死なんです。このなかで、自分の仕事は雇っている人たちの目には見えない、幽霊のような存在だって書かれていて、それは私たちがトイレのお掃除をしている方に挨拶しないで、何となくいないように振る舞ってしまっているのと似ているなと。

小国 : その流れで僕はこの写真集を。『The Color Work』。ヴィヴィアン・マイヤーっていうアマチュア写真家の写真集です。1950年代のアメリカでベビーシッターをやりながら写真を撮り続けた人で、全く無名のまま死んでいく。でも膨大な量のネガが残っていて、紆余(うよ)曲折を経てSNSで話題になり、ノンフィクション映画にもなるんです。人物を多く撮っていて、なかでもセルフポートレイトが多い。働いている自分の日常を残そうとした思いがあって、表現ってこういうことなんだろうなという気がします。

タツオ : 写真で僕が持ってきたのは、『まなざしが出会う場所へ』。渋谷敦志さんは、紛争が起きているところに行って、その土地の実情や社会問題を写真の力で訴える。むやみに問題意識が大きいだけじゃなくて、身近に感じた問題の延長線上に世界があったという動線を引いてくれるので、とても読みやすかったです。コロナになる前、移民問題とか人種差別問題がすごく逼迫(ひっぱく)していたんですけど、背景化してしまったように思うんですね。でも差別や貧困の問題が改めて、あぶり出されていることを実感しました。

牟田 : 私はあまり写真集を買わないんですが、珍しく買ったのが『感動、』。写真家の齋藤陽道さんは耳が聞こえないんですね。お風呂場の写真とか、すごく好きなんです。ただこの写真から何を受け取ったのかというのは、うまく言えなくて。でも引きつけられる。とくに何も受け取らなくてもいいのかもしれないです。

「自分の初期設定をどうやって更新するか」

屋敷 : 40代になって感じることや、考え始めたことはありますか。

小国 : アメリカの作家、デヴィッド・フォスター・ウォレス『これは水です』。大学の卒業式でのスピーチが本になったんですが、自分たちの頭の中にあるデフォルトの初期設定に立ち向かうためにリベラルアーツ(大学における一般教養)がある、ということを言っています。年齢を追うごとにどんどん自分の初期設定が強くなっているような気がするんですよね。若いころはもうすこし柔軟だったし、まわりのことを信頼していたと思う。それがつらいなって思うんです。

タツオ : 真新しいものとか、新しい考え方とか、いままで自分の視野の外にあったものに対して面白がる気持ちが年々薄まってくるから、努力しなきゃいけない。人間関係でも知らない人とは仲を深めないとか、それこそ読書も、同じ本を何回も読むとかになっていきがちです。すこし無理してでも、新しい考え方にふれてみるようにしないと、と思っています。その点では、この『どこにでもあるどこかになる前に。』は面白かった。フリーのライターさんが実家の富山に帰るんですけど、街は再開発されてて、子供のころに見ていた富山じゃない。知らない街に来たみたいな感覚に陥るわけです。

牟田 : ショッピングモールとか、携帯ショップがあって。

タツオ : そう。自分のアイデンティティーを探しにいくのに、すでに依(よ)り代がなくなっているというのは、今はどの人にも当てはまると思うんですよ。たとえばアニメーションで地方の田園風景のなかでの楽しい日常はモチーフになりがちですけど、地方の現実は厳しかったりする。そういうわかりやすい物語にもっていかなかったこの本はすごくいいなと思いました。

小国 : では僕は、田舎つながりで桜玉吉さんの 『伊豆漫玉ブルース』 。エッセイ漫画です。それまでずっと漫画喫茶で漫画を描く生活で、どれだけ雑音があっても寝られたのに、移住先の伊豆ではムカデが床にハサッて落ちる音で跳び起きる、みたいな話。

牟田 : 漫画つながりで 『月と金のシャングリラ』 。1950年代のチベットの僧院を舞台にしたお話です。この方は、チベットが好きで通い詰めているうちに、なんとかしてこの世界を表現したいという思いで漫画を描き始めたんです。どうしてもチベットを描きたい、描かざるを得ないという切実さがあって、ずっと絵を見てしまいます。

「失敗しないと、成功もわからない」

屋敷 : みなさんは次々に読みたい本が出てくると思いますが、何を読んでいいかわからない人はどうやって本を選んだらいいでしょうか?

牟田 : 1冊本を読むと、つながりで興味が出てきたり、著者の別の作品も読みたくなって、芋づる式にいくらでも読みたい本が出てきますよね。

小国 : 本屋をやってると、おすすめの本を聞かれるんですけど、いちばん困る質問です。すすめるにも体力がいるし、無理強いすることになるかもしれないし。自分で選んで失敗したくないというのが増えている気がします。

タツオ : 失敗しない選択肢しか読んでいないと、成功もよくわからないんですよ。お笑いもそうですけど、すべりたおしていないと、ほんとうの面白さはわからない。テレビで見られるのはごく一部で、あれがピラミッドの頂点だと思うのは、とても危険なんです。

小国 : コスパ思考というか。

タツオ : 情報を求めて買う本は面白くない。文体がいいとか、語り口がいいと かで、ぐいぐい読んじゃう本はいっぱいあります。本はつまらなくてもいいんです。そして、いい本は売れないと僕は思ってる。いまはあらゆるメディアで「5分でわかる」みたいな“まとめ”をやっているから、書籍くらいは純度を高めていいと思うんです。活字の中だけ、自由や多様性がまだぎりぎりあって、数百万くらいの人がそれを支えている。その数をどう増やすか。月に1冊読むかどうかの人に対して、年間12冊のなかに、ベストセラー以外の本を何冊紛れ込ませられるか。それが僕も含めて活字に携わる者の役割かなと思います。

みなさんの10冊

取材・構成=屋敷直子 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2020年11月号より