和歌山大学 客員教授 今西 武 (いまにし・たけし)

防災教育と防災用品の開発の重要性
近い将来、30年以内に約70%の確率で、南海トラフ巨大地震が発生すると予測されている。南海トラフ巨大地震が発生すれば、和歌山県は多大な被害を受けることになる。また和歌山県は、毎年のように台風と集中豪雨に見舞われていて、2011年9月4日に発生した紀伊半島大水害では多大な被害を受けた。台風は年々巨大化しているようで、記録的な集中豪雨が頻発し、河川の氾濫や土砂災害の発生が危惧されている。

このようなことから和歌山県では、県庁と各市町村の行政機関や教育機関と自治会や防災関連組織とが連係し、積極的に防災教育と防災活動に取り組んでいる。筆者は、防災教育プログラムと防災活動の活性化プログラムの開発に取り組んでおり、避難所生活に必要不可欠な防災用品の開発も進めている。

避難所生活を少しでも快適に
2012年に和歌山県教育委員会の防災教育の担当者から、県内の高校生が災害時に「助けられる側から助ける側にシフト」する実践的な防災教育のプログラムの開発と防災用品の開発を依頼された。そこで以前から温めていた避難所での生活におけるプライバシーを守るために欠かせない「パーティション」の作製プランとそれを活用した防災教育プログラムを提案し採択された。「パーティション」は、段ボール製品を扱っていて社会貢献活動に熱心に取り組んでいる地元企業の協力もあり、試作を繰り返した後、小学生でも簡単に設営できるシンプルで簡便なものが完成した。全ての県立高校に配布され、和歌山県教育委員会が行った「高校生防災スクール(2013年〜)」で防災教育にも取り入れられた。

現在でも防災訓練に使用され、学校、行政、地域の自治会、自主防災組織が行う防災教育や防災訓練に使用されている。2013年6月に特許庁の実用新案を取得し、市販されている。

避難所で使用できる簡易ベッドの開発
「パーティション」の開発を終えた後、避難所で使用できる簡易ベッドの開発に取り組んだ。筆者には、防災用品の開発を進めていく上で重要視していることがある。それはマーケティングの手法を用い、ビジネス化できる防災用品の開発であり、あまりコストをかけず身の周りにあるものを有効活用した防災用品の開発を目指すことである。一見矛盾するようなことであるが、既に市販されている防災用品よりもコストを抑え、誰もが簡単に扱え、災害時に欠かせない防災用品であれば必ずニーズがあり、小規模ながら市場として成り立つと考えているからである。

避難所で使用できる簡易ベッド開発のポイントはパイプ椅子の使用であった。災害時は、学校の体育館が避難所として使用されることが圧倒的に多い。その体育館の演壇の下には、卒業・入学式などで使用するパイプ椅子が収納されている。学校の規模にもよるがパイプ椅子は、児童や生徒の人数以上が収納されている。そこでパイプ椅子6脚を使用し、ベッドを支える主要部分として有効活用しようと考えた。パイプ椅子を使って寝台を床から離すことによって、下部からくる冷気を避けることができるようになる。また部品点数を減らすことによってコストを抑えることができるようになり、収納時のスペースも節約できる。

問題は、ベッドで人が横たわる部分をどのような素材にすべきかであった。大人1人の体重を75kgと想定して、これを安定して支えることができる素材でなければならないと考えていた。いろいろな素材を調べてみたが、コスト面から考えて段ボールに行き着いた。そこで前述の企業に相談したが、段ボール板の生産から商品化まで一貫して自社で行っていることから特殊な強化段ボールは扱っていないとのことであった。

「イスdeベッド」の商品化に至るまで
しかし2016年8月に「パーティション」を和歌山大学が開発したことを知っていた地元の運輸会社から相談があった。その会社は、精密機器を国内外に運輸する際に、外部からの衝撃から守るために特殊な強化段ボールを使用していて、精密機器の大きさに合わせて強化段ボールを自由自在に裁断・加工もできるとのことであった。相談内容は「運輸目的以外に強化段ボールを使用した新商品の開発を模索している、しかし答えが見つからない、何か良いプランはないか?」とのことで、筆者と企業、双方のニーズを満たすことができるものであった。早速段ボールとパイプ椅子を有効活用した簡易ベッドのプランを説明したところ、企業もぜひ商品化したいとの要望があり、開発と商品化が一気に進み、試作を重ねながら完成した。3枚の段ボール板を重ねて接着していて、寸法は185cm×95cmで、パイプ椅子の背を穴に通して使用するため安定しており、使用しないときには四つに折り畳んで収納できる。

パイプ椅子ベッドは「イスdeベッド」とネーミングされ、2017年5月27日に特許庁の意匠登録を取得し、市販されるようになった。「イスdeベッド」は、前述の企業努力もあって、従来の段ボールベッドと比較して簡便で避難所になった体育館にあるパイプ椅子を有効活用しており、低価格であることから、購入されることが多くなってきている。そしてNHKの全国ネット番組・地元ローカル局・中央紙・地方紙などの媒体に取り上げられたこともあり、日本の各地で認識されるようになってきている。

今後の展望
筆者は、防災の取り組みとして防災知識を深めることは必要なことであるが、「私たちは体験したことしか実行できない」ことを知っておくことが重要だと考えている。行政の危機関連組織、教育委員会、学校、自治会、自主防災組織などと協力・連携しながら行われている防災教育や防災訓練などに「イスdeベッド」や「パーティション」などを持参し、訓練の参加者にそれらの設営方法を伝え、参加者自らが「イスdeベッド」や「パーティション」の設営訓練に取り組む、体験型の防災教育と防災訓練に力を注いでいる。

自然災害が頻発する世の中にあってITを駆使し、最先端の技術を用いた防災関連のシステムと防災用品の開発が進んでいる。その一方で災害時に必要不可欠となる「イスdeベッド」のようなアナログ的な商品開発も同時に進めなければならないと考えている。今後も災害時に被災地最前線や避難所などで即役立つアナログ的な商品開発に努力を傾けたいと考えている。