「全集中」で温泉推し 実はすごい別府大学
地方私大は別大を参考にしてほしいと考える理由

(国立研究開発法人科学技術振興機構 本誌編集長 山口泰博)

別府大学が見過ごされてきた地域資源を見直し、「全集中」で温泉イチオシの地域連携で存在感を増している。学長自ら温泉学概論の講義をし、PRムービーでは砂湯に入り、教職員は正式な名刺のほかに、「別府“温泉”大学」の名刺を携帯するなど力の入れようで広報活動にも余念がない。そんな活動が注目を集める展開になっている。


都市への人口集中や人口減少などによって、地方の小規模私立大学の経営環境が縮小しつつある。そのような状況にもかかわらず別府大学(別大)のプロジェクトの噂は東京へも漏れ聞こえてきた。

地域のニーズに応える人材育成や研究を推進し、分野ごとの優れた教育研究拠点やネットワークの形成にも力を入れるなど、世界のトップ大学と伍して卓越した教育研究を推進するといった機能別分化はすでに進展し私大でも進みつつある。具体的に私大が進める分化は、教育の質転換、産業界との連携、他大学などとの広域・分野連携、グローバル化、プラットフォーム化だ。

中でも地方では地元密着、地域に根差した、地方創生…といったワードが必ず出てくるほど地方感を重視している。従って地域に密着した地域連携は珍しいことではなくごく当たり前のプロジェクトなのだが、一つ一つを見てみるとそれほどの実効性があるのだろうかと疑問視したくなるようなものも見受けられる。だが町の特色まで取材を広げていくと、別大の地域とのつながりの深さが、町とともに存在する実態が浮かび上がってきた。


火山とともに暮らす躍動
筆者は全国を飛び回る仕事柄、北は青森、西日本なら九州の福岡、佐賀、熊本、大分までは新幹線を拠点に日帰り出張をしてきた。北海道と沖縄以外は基本的に新幹線を利用する。2時間前後の目的地滞在であれば、始発に乗り込み、最終間際で帰って来られるからだ。

大分には過去2度訪れたことがあるのだが、九州新幹線は小倉駅で在来線のソニック・にちりん特急に乗り換えて東京から6時間半ほどだ。旅慣れた者にとっての6時間は苦になることなく取材の流れに入っている行程だ。大分市内を訪れるときは、そのたびに別府駅を通過してしまう。車窓から鶴見岳(1,375m)と伽藍岳(がらんだけ、別名硫黄山、標高1,045m)の二つの火山が間近に迫り、この山々の扇状地に湧き出る奇観がエキサイティングな景観を醸し出し、すぐそこに別府湾を望む。車内からは見えにくいが、あちこちに噴き出る湯煙も相まって、地形と町の躍動を感じさせるのだが、ただ電車で通過してきたことからいつも後ろ髪を引かれる思いをしたものだ。

若かりし頃、新聞のレジャー面で温泉地を50湯くらいは取材しただろうか。それを加え200湯くらいは温泉地を訪れたことがあるが、関東から気軽に行けるエリアの静岡から東日本までの温泉地事情しか知らない。別府は全くの未開の地で、「別府=温泉」程度の知識しか持ち合わせていなかった。そこで紀行文のようで気が引けるが分かりやすく丁寧に伝える基本に帰り、別大がなぜ温泉イチオシなのか「全集中」で、基本をおさらいしておきたい。

全集中の理由 源泉数、湧出量ともに日本一という圧倒的地域特性
一般社団法人日本温泉協会によれば、総湧出量の順位は、1位が大分県、次いで2位が福島県、3位が北海道だ。源泉総数でも、1位は大分県で2位が鹿児島県、3位が静岡県である。全国的に知名度が高い別府温泉や由布院温泉は大分県に位置している。そして別府温泉は、別府市内に数百ある温泉の総称で、この源泉数、湧出量ともに日本一なのだ。

ここで別府温泉という名称だけが全国区になっているが、別府温泉は別府八湯を構成する温泉のうちの別府市中心部にある温泉街の名称で、正確には別府八湯や別府温泉郷と言う。

別府八湯は別府温泉、浜脇温泉、観海寺(かんかいじ)温泉、堀田温泉、明礬(みょうばん)温泉、鉄輪(かんなわ)温泉、柴石(しばせき)温泉、亀川温泉であってこの中の一温泉でしかない。

温泉は通常、海に近いと塩化物泉などの泉質が多くそのほとんどがしょっぱいのかと思いきや、硫黄臭がすることから硫黄泉かと地元の人に尋ねると「泉質は色んな種類があってもう区別できないのですよ」と返ってきた。そんなことがあるのかと調べてみると泉質は、単純温泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、二酸化炭素泉、含鉄泉、酸性泉、含よう素泉、硫黄泉、放射能泉と10種類の泉質があり、別府にはそのうちの7種の泉質を堪能できるから驚きだ。

別府市内には日本の源泉のおよそ1割に相当する、2300の源泉があり、その中のおよそ140湯の共同浴場やホテルや旅館が、別府八湯温泉道というキャンペーンに加盟し、その中の88湯を巡り「スパポート」と呼ばれるスタンプ帳にスタンプを集めるスタンプラリーがある。

8カ所を巡ると初段、88カ所全てを巡ると名人とそれぞれ段位を設けて「別府八湯温泉道名人」の称号を与えられる。こんなキャンペーンも狭い範囲に数多くの温泉が点在するからできることで日本一とはこれほどなのか目を丸くするばかりだ。

別大広報室長の篠藤明徳教授は「学生や教職員も知らずに温泉名人になっていたのですが、別府に転勤で来る人たちの多くは、別府の温泉に魅せられて温泉名人になる人がたくさんいます。それほど愛されているのです」と話す。


一般開放されたリレー講座やキャンパス内の温泉施設
圧倒的な地域特性で全国に名を轟かせる別府市ゆえに、別大も温泉と切り離すことはできないのは必定で、昨年から「別府“温泉”大学」を前面に押し出すプロジェクトを推進してきた。

その中身は、歴史や文学、民俗学、芸術、食、観光、自然エネルギーなど多面的に温泉の持つ諸側面を明らかにしていくリレー講座で「温泉学概論」の開講だ。学生はもちろん一般にも聴講可能にしている。

ただし今年度は、新型コロナウイルスの感染症対策のため、学生に限っての受講に切り替え一般受講は中止にしている。

またキャンパス内には、四つの源泉からなる七つもの温泉がある。職員住宅や大学関連施設の「大分香りの博物館」のハーブガーデン(足湯)、剣道部寮、室内プールの更衣室などで、一部の学生や教職員が利用していた。しかし、温泉推しをするまでは、学外の人はもちろん、学内に温泉があることを知らない学生も多くいたということから、宝の持ち腐れで何とももったいない。だがようやくその資源に気付き、昨年は学園祭に合わせてキャンパス内の温泉施設を「別府“温泉”大学の湯」として初めて一般に開放したところ、福岡や熊本といった九州近県をはじめ広島、大阪、滋賀、愛知、関東からは茨城などから客が訪れたという。

飯沼賢司学長は、「温泉だけでなくて発掘すると気が付いていないことがまだまだあります。身近にあり過ぎて気が付かないことがたくさんありました。また地域住民が顔を合わせる共同温泉は、古くから別府に根差した文化ですが、運営する組合員の高齢化や後継者不足で、その数は減少し継続が困難な状態です。閉鎖を決めた共同浴場の話を講義で聞いた学生たちが、温泉の灯を絶やさないようにと地域と連携し再生を決起していて、頼もしい限りです」手応えを感じているようだ。


湯の花でアトピー性皮膚炎が改善傾向に
明礬では、江戸時代から温泉に含まれる成分や物質が沈殿・固形化してできる「湯の花」を製造してきた。その「湯の花製造技術」は国の重要無形民俗文化財に指定されている。

湯の花は皮膚に良いとされ古くから入浴剤として利用されてきたが、効能についての科学的検証は少なく、大分県の産学官連携事業として株式会社ゆふ・は、別府大学食物栄養科学部食物栄養学科の仙波和代教授らが中心となり研究に着手してきた。

研究を通したモニタリング調査では、アトピー性皮膚炎と診断された2歳児が湯の花を使用し、アトピー症状が消失したりアトピー症状を持つ成人男性にも改善傾向が見られたという。

その結果、湯の花に含まれる成分が、アトピーの原因菌とされる黄色ブドウ球菌に対して抗菌作用があり(株式会社ゆふ・はが特許取得)、免疫に関わる遺伝子を活性化させることを見いだし(別府大学が特許を取得)、湯の花のアトピー性皮膚炎における皮膚症状改善のメカニズムの一端を解明できた。そこで開発されたのが「極みクリーム」と「極み石鹸」だ。明礬で湯の花小屋を継承する岡本屋のほか、別府大学の香りの博物館でも販売している。

学生たちがこれらの研究結果を「サイエンス・インカレ」(文部科学省主催)で発表したところ、ファーウェイ賞を受賞、温泉推しによる産学連携が学生の間にも浸透し始めてきた。

温泉を活用した商品はほかにも多くある。発酵食品学科では、別府の温泉水を使った「別府温泉水あまざけ」やクッキーなども商品化してきた。

このほか、九州における文化遺産保護研究の拠点形成のための基盤整備事業では、私立大学研究ブランディング事業(タイプA)にも採択され外部資金も積極的に取ってきた。

「規模の小さい大学だから、先生方は言われなくても自主的に地域に溶け込んで自身のネットワークを築いていますし、学生たちも地域に自然と溶け込んでいます。大学が地域に貢献するなんて、そんなおこがましいことは言えません。むしろ地域に育てていただいている。だから地域と密着した連携は当たり前に生まれています。協働という言葉が正しいでしょう。地域と共に。私も学長でありながら、講義もするしゼミも持っていて、学生を地域に連れ出し、世界農業遺産で棚田を作り、収穫したコメで酒も造りますよ。地域に出ていくと面白いんですね」と飯沼学長。

派生する地域資源に「全集中」にすべき理由
吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)氏原作の人気漫画「鬼滅の刃」はアニメ映画化され、「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」が人気を博し、大きな経済的波及効果を生み出している。ファンの間では鬼滅の刃の世界観を感じられると各地で聖地化しにぎわいを見せている。

別府の場合、主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)の姓と同じ「竈門」の名が付く八幡竈門(かまど)神社はファンによる「巡礼」として思わぬ地方創生効果も期待できそうだ。

「全集中」にすべき理由は、竈門の名前だけではない。神社の階段は人食い鬼に作らせたという伝承が残り、夜明けに九十九段まで作ったところで鬼が逃げたと伝えられる話は、「鬼滅」の鬼が日光を浴びると滅びることとファンの間で関連付けられている。さらに拝殿内部の天井には、火災から守ってくれる龍の水神様が描かれ、炭治郎が手にする日輪刀から繰り出す技は、一度に大量の酸素を血中に取り込むことで瞬間的に身体能力を上昇させる「全集中の呼吸」と呼ばれ、ファンの間では「壱ノ型、水面斬り(みなもぎり)」などと盛り上がりを見せているという。また、作中に登場するアサギマダラに似たチョウは、大分県北東部にある離島の姫島から飛来し市内でもよく見られ、鉄輪のかまど地獄の入口の天狗が、炭治郎の育手の鱗滝左近次(うろこざきさこんじ)と関連付けられるなど、訪ね歩く場所がいくつもあるからだ。

自然湧出の共同風呂は至る所で湯煙を上げ、これらの源泉と地獄めぐりや地獄蒸しなどスポットも充実し、派生した「鬼滅」聖地巡礼が名所化する可能性も否定できない。

豊かな温泉資源は観光だけでなく、古くから地域の人々の生活に根差していた。

実際、別大のキャンパス内の温泉も、誰にも知られることがなかったことは、当たり前に大学内に根差していたからだろう。温泉は明礬の製造や地熱発電、医療などとも結び付き、幅広く利用されてきたことからもうかがい知ることができる。

町を流すと、地獄めぐりという言葉があちこちで見受けられ地獄の総称としても利用されていた。海地獄、血の池地獄、白池地獄、龍巻地獄など、これほど地獄が愛されている地区は見たことがない。

その一つのかまど地獄は、98度の温泉が湧出し、氏神の竈門八幡宮の大祭に地獄の噴気で御供飯を炊いていたことがその名の由来だとか。これら「地獄」から「鬼」、「竈門神社」から連想されるのはまさしく「鬼滅の刃」で、「鬼」を含め、「鬼滅」にまつわる伝説が至るところに残るところが、鬼滅の物語の世界観とシンクロし聖地と化している。

中には、市松模様の羽織を着た外国人もいるほどで、全国各地からファンが訪れ、八幡竈門神社、別府がにわかに活気付く。


聖地化は各地にも
聖地化しにぎわうのは別府だけではない。

福岡県出身の作者と主人公の竈門炭治郎の姓と同じといった共通点から「竈門神社」が鬼滅の刃の聖地ではないかと話題を集め、大宰府の鬼門封じとして建立された宝満宮竈門神社(福岡県太宰府市)や、溝口竈門神社(福岡県筑後市)にも参拝者が急増しているという。

このほか栃木県の、鬼が嫌うとされるフジの花や真っ二つに割れた巨石、剣豪伝説で有名な奈良市の天石立神社の巨石「一刀石」、長野県白馬村の岩岳リゾートの遊歩道にある「ねずこの森」、富山市八尾町の「滅鬼(めっき)」集落などだ。

205話まである物語のテレビ放送は26話までで一旦終了し、その流れで映画の「無限列車」が公開されたことからすれば、残りの未放送分が数年後に放送される可能性は高い。それらの途中途中で映画が制作されると、最終話までたどり着くには10年以上はかかるのではないだろうか。さらにスピンオフ作品やメディアミックスを駆使し、一過性の人気で終わらせないのが近年の漫画・アニメ業界である。これほどの人気を獲得すれば、10年どころか何十年と語り継がれる作品の仲間入りをしたと言えよう。この現象は今だけの流行りではなく、永続的な効果として地方にとっての追い風となりそうだ。

別府が熱い
別府大学の学部構成は文学部、食物栄養科学部、国際経営学部の3学部。そして大学院と短大を合わせると、2020年度の学生数は2,643人(短大は553人)だ。決して大規模とは言えないが、大学の定員充足率は102.8%(短大105.3%)と安定している。しかも無借金経営の堅実な大学運営だという。

人口の規模から見ると大分県大分市はおよそ47万8,000人、別府市は大分県第2位の都市だが、12万2,000人で小規模な商圏と言えるのだが、この地域で別大は今年で創立112年目を迎え、老舗私大の地歩を築いてきた。

小都市にもかかわらず、別府には立命館アジア太平洋大学(APU)もキャンパスを置く。APUの学生数は、2,600人近くが海外からの留学生だがおよそ5,600人、別府大学の2,600人を加えれば、学生が8,200人ほどだ。ただし住民票を別府市に移していない学生もいるだろうから人口に対する学生の比率は正確ではないにしても、京都大学の地熱発電関連の研究施設もある。別府は、温泉と同様に大学・研究都市としても熱い町なのだ。

APUは2000年設置の新しい大学で、入学希望者が多い人気の大学に急成長した。ライフネット生命保険株式会社創業者の出口治明氏が学長として赴任しておりAPU関連の情報量は、別府大学の比ではなく多いと言うが、100年以上の老舗大学としては、心穏やかではなかったに違いない。しかし、それぞれが異なる特色を持つ2校は学長が連絡を取り合い定期的にコミュニケーションを取っていると言うから連携の輪が広がりを見せる日は近いと思われる。

このほか、別大の広報誌は、伝わりやすく親しみやすい。全集中の温泉推しのような受け入れやすいテーマはもちろんだが、気取らない情報発信は大学の敷居を下げ、地域住民からも受け入れやすいのではないだろうか。産学官連携の分かりやすい連携テーマを抽出した近畿大学の広報手法は定評があるが、それに引けを取らない効果を生み出し、近大に追随しているようにさえ思える。

着実に成果を上げる先行事例として地方大学は、産学連携、地域連携活動とその情報発信力の手本として別府大学を参考してみてはどうだろうか。