世の中の役に立ってこそ材料

世の中の役に立ってこそ材料

東京工業大学の細野秀雄栄誉教授(元素戦略研究センター長)は、鉄系高温超伝導物質の発見や液晶ディスプレー、有機ELテレビに使用されている“IGZO”に代表される透明酸化物半導体を創り出し、100年に一度の製法発見と言われる電子化物(エレクトライド)を用いた低温・低圧でのアンモニア合成方法の開発など、次々と偉業を成し遂げてきた。

(国立研究開発法人科学技術振興機構 本誌編集長 山口泰博)

 

現実味を帯びるノーベル賞

セメントにおける高い電気伝導の金属状態も細野栄誉教授が発見したものだが、「超伝導物質」の論文は、2008年に科学雑誌サイエンスでブレイクスルー・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、論文引用数でも世界一を記録。2013年にはトムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞し、ノーベル物理学賞受賞候補として有力視されてきた。 

一般的に、どんなにすばらしい発明も、知財などで係争中の場合は、ノーベル賞受賞はないと言われる。 

細野教授(当時)らが発明した「IGZO−TFT(In−Ga−Zn−Oを中心とする酸化物半導体を活性層とする薄膜トランジスタ)」の特許群は、科学技術振興機構(JST)の創造科学技術推進事業(ERATO)から得られた成果を軸としたもの。 

IGZO−TFTはこれまで使用されてきた非晶質シリコンに比べ電子が一桁動きやすく透明なので、採用した液晶ディスプレーは、薄膜トランジスタ(TFT)の小型化と、1画素あたりの透過量を高めた。同じ透過率ならおよそ2倍の高精細化を実現した。そして最大の強みが低消費電力化。また、ここ数年急速に普及しつつある有機ELテレビは、アモルファスIGZO半導体のTFTがあったからこそ実現したものだ。 

IGZO特許群に含まれる一部の特許に対して、2014(平成26)年ごろから、株式会社半導体エネルギー研究所(神奈川県厚木市)が、JSTなどに対して、日本、韓国、台湾、欧州で無効審判請求や異議申立などを行い、特許の有効性を争ってきた。

 しかし、全ての国で特許の有効性が判決によって確認され、2019(平成31)年4月13日に、6年に及んだ全ての事件が終了。JSTとライセンス契約を締結したメーカーは、これまでと同様にIGZO特許群にかかる発明が実施可能である。 

現在、引き続き、国内外の複数のメーカーとの間で順次ライセンス契約の締結に動き、その合意に向けた交渉を行っている。 

全ての裁判が終了したことで、今後のノーベル賞受賞も現実味を帯びてきた。

 

数々の実績が示す確かさ

JSTとの関係性で言えば、1999年より、細野教授(当時)を中心としたグループが、ERATOおよび戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)でIGZO−TFTを開発。2004年、当時のディスプレーに採用されていた非晶質シリコンのTFTの電流効率を10〜30倍高めることに成功した。2003年には、セメント(12CaO・7Al2O3)の導体化に成功。2008年には26Kで超伝導を示す鉄系化合物の発見などがあり、これらの業績から2009年には藤原賞、2010年に朝日賞、2013年トムソン・ロイター引用栄誉賞、2015年恩賜賞・日本学士院賞、2016年日本国際賞などを受賞し、2017年には英国王立協会外国人会員にも選出された。

 

IGZO、イグゾー、レッツゴー 負けた、引き下がった例を作るとよくない

細野 今の日本の企業は自分で物を作らなくなりつつあるので、知財の環境は激変しています。特許を取っただけでは駄目です。大変だけど、もっと踏み込まなくちゃ。経験しないと特許の有難みは分からない。そして、特許係争には発明者自身が自ら関わってやらないと駄目だと分かりました。学術の領域で高いオリジナリティが求められているのに、その知財に関する係争に負けてはアカデミアとして悪い前例になってしまいます。終結まで6年もかかりました。その間、けっこう時間を費やしたので、研究のアウトプットは少し落ちましたが、貴重な経験になりました。特許係争に関わった戦友ともいえる関係者たちと、「IGZOの会」という会合の場を定期的に設けています。 

 

係争全て終了して、ノーベル賞の期待も高まる周囲の声にプレッシャーは感じないのか 

細野 確かにノーベル賞候補に名前をあげてもらえるのは名誉なことですが、ノーベル賞のために研究してきたわけではないですから、あまり気になりません。一方、有機ELテレビを見かけるたびに嬉しくなります。

 

材料は、使われてこそ。いつまでも、次世代材料と言い続けるのは卑怯だ 

細野 大学での研究はあくまで学術がメインで、特許は主目的になることはありません。しかし、材料は使ってもらってこそ価値があります。たくさんある物質の中から、世の中に直接役に立つのが材料です。だから、私は材料研究者なので、使われるものを生み出さなければ意味がないと思っています。研究者として意気地がないと見られるのは嫌ですし、そのためには努力をしないといけない。そんな気概が必要です。 

若いころは、私も次世代材料とよく書いていました。それ自体はアカデミアとしての本来の役割りですが、徐々に年齢を重ね大型の研究費も獲得してきたので、このまま一生、「次世代」材料と言っていたら、さすがに材料研究者としては卑怯だろうと思うようになりました。研究者は論文が重要ですがそれだけではなく、世の中で使われるものを生み出さないといけないと、自分で勝手にプレッシャーをかけました。だから、日本のディスプレーを扱う企業も関係者と回りましたが、当時は全く理解されませんでした。一番熱心だったのが真っ先に先方からコンタクトしてきたサムスンでした。

 

細野教授が2013年(平成25年)より新たにJSTの戦略的創造研究推進事業ACCELで取り組んだ研究開発から得られた成果を基に、味の素株式会社(以下、味の素)とユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社(以下、UMI)らの協力により、オンサイト型のアンモニア合成システムの実用化技術を開発する新会社(つばめBHB株式会社)が始動。なぜ100年以上もハーバー・ボッシュ法(HB法)の代わりが出てこなかったのか 

細野 HB法は、大変優れた生産方法です。空気中の窒素と、天然ガスなどから得られる水素だけでアンモニアを合成でき、世界中で現在も活用されています。しかし、高温高圧の反応条件が必要です。大型プラントにより一極集中で、大量生産をしなくてはなりません。設備投資が高額ですし、生産拠点から輸送するには、専用の運搬容器と保管設備が必要で、物流コストも大きい。例えばフランスでは、アンモニアを輸送するタンクローリーは禁止です。だから鉄道の引き込み線を使って工場内まで運搬します。 

われわれは、HB法を駆逐しようとしているわけではなく、アンモニアを使用する場所で小型製法によって製造すること(オンサイト合成)を提案しているのです。コストの高いアンモニアを外部に依存する味の素にとって、小型製法のオンサイト合成はメリットがあります。 

私は経営には関与していませんが、つばめBHBは、東工大発ベンチャーとして、初めてキャンパスの中に研究場所を置いた企業です。大学内にあれば、学内のインフラが使えて便利なのです。10月から味の素の研究所内でベンチプラントでの実証試験が始まりました。 

 

研究環境が劣化し、若手研究者はどうすればいいのか。研究は、基礎・応用・開発、どこを向けばいいのか 

細野 若い研究者を見ていると、何のために研究をしているのだろうと感じることがあります。目的は何だろうと。インパクトファクターの高いジャーナルに論文を書いて、「CREST(クレスト)」や「さきがけ」を獲る。これが目標なのです。ただ、材料研究ではそれで終わっていてはしょうがない。その先があるのだから。それが何かと言うと、世の中に役に立つことです。具体的には以下の2つ。先ず、分かりやすい、製品化に繋がることです。これが産学連携です。 

もう一つは、会社がもうからなくても、世の中の役に立つことです。僕はこれらを必ず分けています。会社は稼ぎましたが、公害を発生させ水俣病のような甚大な被害を起こしました。社会のためにならなかった。研究者は、社会的困難の解決に寄与しなくてはなりません。高度成長の時代には、両者は分かれている場合が往々にありました。プラスチックゴミの問題などは、両者がオーバーラップしています。 

論文引用はアカデミア内で完結してしまいがちですよね。社会に還元するとなるともっと先へ行かなくては。分かりやすい貢献が必要です。大学はいい学生を育てるのが最も重要な使命です。しかし、研究を通じて社会を変えていくことも重要な使命だと思います。材料学は、生活に直結しているから分かりやすい。使われる物質のことを言うから、使われてこそ価値があります。それに繋がる研究成果を出してこそ一人前の材料学者です。実際に使われた事例が一つあればいいでしょう。 

ホームランでなくてもいい。ヒットでこつこつとね。若い学生は、失敗を恐れずに思い切って挑戦して欲しいですね。本気でやれば100%失敗ということは無くて、次のアイディアが出てくるのが、この分野のいいところです。若い人がどう思うかで国は変わってしまいます。 

細野 嫌いなこと(研究)は、やらないほうがいいですね。流行りだけで研究対象を選んではいけません。僕はまず、人のやっていないテーマをやり、人がたくさん入ってきたら他のテーマに移るようにしています。大勢の中で、がやがややるのはあまり好きではありません。違和感を感じたらやらないのです。 

自分が、孤独を恐れずに注目されていなくとも自分のアイディアで頑張る方が向いているか、あるいは多くの人が研究しているテーマの方が向いているか、人によって違うでしょう。でも、「違和感」は大切です。また、前の世代と比較するよりも、横の世代をみて考えなくてはいけません。 

それと、日本の中だけでなく、世界に目を向ける必要があります。この点に関連して、大学の先生が大学院の博士課程の学生に給料を払っていない国は日本くらいですよ、中国はもちろん、韓国も払っていますよ。この点は、何とかしないといけないと思います。  

細野 インパクトファクターを過度に尊重するとオリジナルな研究が生まれにくくなるという弊害がありますが、現状では日本人がインパクトファクターの高いジャーナルに明らかに出なくなりました。投稿すらあまりしないようです。今、インパクトファクターは、研究者の数が圧倒的に多い中国の動向に依存しています。その結果、ますます、テーマの集中が生じることになります。1980年代、日本人はアンフェアだ、英国で種をまいて、米国で育てて、日本が刈り取ると言われてきました。だから、種をまける国にならなければいけないと言われてきました。そして、種をまける国なった。しかし、種をまける国が必ずしも産業化できるわけではありません。確りしないと「ノーベル賞は獲れるようになったが、産業はダメになった」という状況になりかねません。 

科学技術知財立国と言っても、それに対するエビデンスはありますか? 言葉だけが先行しているようです。形骸化しているのでは? ドイツは科学技術立国です。HB法は、ドイツは予測された食糧危機を克服するために、窒素肥料の人工合成という目標に国を挙げて取り組みました。実学から課題を解決したから科学技術立国と言っても強さがあります。日本は、殆どの学問を輸入してきました。学問を自ら作ってきていないから、基礎と応用と過度に分ける傾向が強いのではないでしょうか。 

基礎と応用は、あまり分けない方がいいと思います。役に立たない学問こそ意味があるのではなく、時間差はありますが結果的に役に立つからこそ意味があるのです。量子力学だって、産業革命時代に溶鉱炉の温度測定から始まりました。HB法も同様です。世の中の問題から始まり、解決してきました。

 

イノベーションをおこすとは言うが、誰が評価し計測するのか。結果論でしか判断できない。ではその結果をどのように捉えるのか。その基本は、数値的な指標からAIである程度見極めた上で、それらを基に最終的には人が判断すべきでは 

細野 イノベーションを担保するのは、学術論文と知財です。学術論文は、論文の数と被引用回数が基礎となる定量的指標。そして、最も明確な担保は知財です。これらのアウトカムを正しく評価する必要があります。基本は、AIで検索して最終的には人が判断するのは賛成です。殆どの調査機関は学術論文に関する数値は調べるが、特許を調べていません。これではイノベーションという観点からの正しい評価になっていません。これに関係して、世界の特許を検索するデータベースのアクセス権を殆どの大学は、持っていないのです。そのアクセス権料は、1,000万円前後だったと思います。それを持っているのは、国内ではごく一部の大学だけでしょう。これでは強い特許は書けませんよ。本来は、JSTなどが引き受けてやってくれたらいいのですがね。一大学では無理です。 


細野栄誉教授の口からは、材料は世の中の役に立たなければ意味がない、社会課題を解決せよといった言葉が頻繁に出てきた。研究者としてそれほど、社会や国を案ずる思いが強い。 

係争は思いのほか時間を取られ、研究のパフォーマンスが落ちるものだ。にもかかわらず、実績は落ちるどころか、次々とゴールを決めてきた。

 

注)仕様上、写真、図表の掲載が1枚のみとなっていますので、詳細は産学官連携ジャーナルでご覧ください。


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