《平成7年の上期から25年下期まで直木賞の選考委員を務めた》

 小説の選考は誰がやったらいいかというと、文芸誌の編集長を長く経験して、新人をたくさん見てきたような方が適しています。

 編集者は大ざっぱにいえば、「今までこれが良かった」を見る。私はそれも心掛けましたが、「これは俺には書けない」というポイントを少し大事にしました。候補作品からどこか、自分には書けない、「未来に飛躍しているもの」を感じるときがあるんです。

 私が『ナポレオン狂』で直木賞を受賞したときに、いちばん強く推してくださったのは新田次郎さんでした。編集者から聞いた話ですが、新田さんは選考のときに「これは俺には書けない」とおっしゃっていたそうです。びっくりしました。新田さんが書いている小説の傾向から考えて、評価してくださるとは思ってもみなかった。もしかしたら、私と同じ物差しを持っておられたんじゃないのかな。

 《候補作品を読むときは、集中できるよう時間を作った》

 私は選考会に近い日にちで、条件が均一になるように1回、丁寧に読むことを基本としていました。1日1作読むペースで、6作あれば6日予定をあけておく。予備日も2日設けていました。どの作品も朝起きて、手にとって夜までに読み終えます。その間には他の原稿の締め切りは入れません。1回読んで「今回はこれで行こう」と決まればそれでいいし、絞れない場合は、予備日に読み直します。このときは、1ページ目から読むのではなく、比較のために気になるところだけでしたね。

 《選考会では、文壇の論客が集まり、大いに盛り上がった》

 最初にまず投票して、だいたい点数の低いものから議論に入っていくんです。2〜3作に絞ったところで休憩していました。

 私が選考委員のときは、7人くらいが集まりました。長老格はいましたが、民主的な雰囲気でした。黒岩重吾さんなんかは、激しく怒鳴ることもありましたが、若輩の意見もよく聞いてくれた。井上ひさしさんや五木寛之さん、平岩弓枝さん、田辺聖子さんと多士済々でした。

 井上さんあたりが机をたたきながら説くと、田辺さんは「男たちはこういう小説が好きよねえ」と言ったり、五木さんがそれまでの議論を超えるようなすてきな理論をつぶやいたり…。丁々発止で非常に内容のある選考会でした。

 私は自分の心得として、基本的に丸を付ける候補作は1つ、多くて2つのつもりで参加していました。1作を選ぶのが選考委員の仕事だと受け止めていたからです。選考をする以上は受賞作は出したかった。時代の雰囲気のなかでいちばんいいものはどれかを考えるべきで、過去と比べても仕方がない。直木賞は「本当にプロになっていく人に向けての新人賞」です。だから、奨励の意味で、いちばんいいものを探し出したかった。

 《直木賞に求められているものは何か》

 良質なエンターテインメントでしょう。長い間、少なくとも明治から続く文学の歴史を考えたときに、小説に通じている選考委員が、「新しき良き文学」を選ぶ責務がある。だから、本屋大賞もいい作品を選んでいますが、それとは違って一向に構わない。(聞き手 油原聡子)