【平成30年史 変容する犯罪(4)】「人を殺さない自分になりたい」「空虚な自分を埋める」…少年事件、無差別大量殺人の背景に現代社会のひずみ

【平成30年史 変容する犯罪(4)】「人を殺さない自分になりたい」「空虚な自分を埋める」…少年事件、無差別大量殺人の背景に現代社会のひずみ

 今年7月下旬。平日の昼過ぎにもかかわらず、東京・秋葉原は多くの人が行き交っていた。交差点では、信号待ちの買い物客が歩道からはみ出すように膨れ上がり、あの日の惨状は幻のようだ。「この辺りも随分、変わったな」。毎年、事件の日に訪れている元警視庁捜査1課理事官の石川輝行氏がつぶやいた。

 平成20年6月8日午後1時過ぎ、事件担当の管理官として現場に到着した石川氏が目にしたのは凄惨な光景だった。交差点内に何人も倒れ込み、救急隊があわただしく動き回っていた。「こっちに担架!」と声が上がる。広範囲に散らばる血痕。救急搬送される男性の一人には重症度を識別するためのトリアージタグがつけられていた。石川氏が見たタグの色が「救命の見込み困難」を示すことは後日知った。

 蒸し暑い日だった。歩道の人々は息をのんで救命活動を見守っていた。石川氏は、立ち入りが禁じられた交差点が妙に広く見えたことを覚えている。

 当初、聞いた情報は「車に人がはねられた。刺された人もいる」。未曽有の事態に情報が錯綜する中、「どんな現場でも初動捜査の基本は同じ」と、捜査員らを死傷者の把握や目撃情報の収集にあたらせた。

 加藤智大死刑囚(34)が歩行者天国でにぎわう交差点にトラックで突っ込み、逃げ惑う通行人を刺した秋葉原無差別殺傷事件。わずか数分の犯行による死傷者は17人に上った。

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 13年に児童8人が殺害され、15人が重軽傷を負った大阪教育大付属池田小事件。20年に通行人など8人が殺傷された茨城県土浦市の無差別殺傷事件。相次ぐ事件は、社会を震撼させながらも、刃の矛先を変えて繰り返されてきた。

 「爆弾を使うようなケースを除けば、無差別大量殺人は近年登場した犯罪」。東京工業大名誉教授の影山任佐(じんすけ)氏(犯罪精神病理学)はこう話す。

 影山氏は無差別大量殺人を3類型に分ける。「自殺は怖い。苦しまずに死ねる死刑になろう」と計画したとされる土浦事件の「間接自殺型」に対し、池田小事件は社会への憎悪と復讐を募らせた「自暴自棄型」。そして秋葉原事件が代表する「自己確認型」だ。

 「事件を起こさないと掲示板を取り返せないと思った」。加藤死刑囚は1審で、動機をこう語った。

 派遣社員として職を転々とする中で、社会への不満と孤独感を深め、よりどころだったインターネット掲示板で荒らしなどの嫌がらせを受けたことが、事件の引き金となった−。影山氏はこうした経緯を「自分の存在の空虚さを犯罪で埋めようとした」と見る。

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 《私は意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだと考えております》《最低限度の自立ができない人間を支援することは自然の法則に反する行為です》

 先月、産経新聞に届いた手紙には、障害者への差別意識を正当化するような文言が並んでいた。送り主は、植松聖(さとし)被告(27)。昨年7月、相模原市の障害者施設で入所者19人を刺殺するなどして、殺人罪などで起訴されている。

 自身もこの施設で勤務した経験を持ちながら「障害者は不幸しかつくれない」などと供述しているという植松被告。便箋5枚の中にも謝罪の文字はなかった。

 動機はいまだ明らかでないが、影山氏は、社会的弱者を標的にした犯行は「自分が強者であることを確認し、万能感を回復するため」とし、これも「自己確認型」の一種と分析する。

 家族の機能不全、地域社会の崩壊、不安定な雇用…。繰り返される無差別大量殺人の背景に、現代社会のひずみが重なる。

 凶行を止める手立てはあるのか。影山氏はこう指摘する。「重要なのは、なぜ犯罪に至ったのかということより、なぜそれまで犯罪を起こさずに生きてこられたのかということだ。秋葉原事件の教訓は、社会的なつながりがあれば犯行に至らない。そこに、犯罪予防のヒントがある」

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 「人を殺さない自分になりたい」

 「今でも人を殺したい気持ちが湧く」。3月に名古屋地裁で開かれた裁判員裁判。殺人罪などに問われた名古屋大の元女子学生は、声を震わせながら、「衝動」を打ち明けた。

 知人を殺害し、同級生らに硫酸タリウムを飲ませて殺害しようとしたとする事件。「人を殺すところが見たかった」「タリウム中毒を観察しようとした」。元女子学生は不可解な動機を語る一方、「人を殺さない自分になりたい」と漏らすなど葛藤もにじませた。

 元女子学生が猟奇的事件に関心を持つきっかけになったとされるのが、平成9年に神戸市で発生し、当時14歳の少年が逮捕された連続児童殺傷事件。中学校正門前に遺体の一部を置く猟奇的な犯行や、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」を名乗り「さあ、ゲームの始まりです」と記した「挑戦状」を出すなど社会に与えた衝撃は大きく、いまなお爪痕を残す。

 この事件が象徴するように、戦後、少年事件にみられる動機は大きく変容してきた。

 当初は物欲を満たすための「古典型」犯罪が主流だったのに対して、社会全体が豊かになるにつれ、おもしろ半分に軽犯罪を犯す「遊び型」へ移行。そして今、自分の存在の空虚さを犯罪で埋めようとする「自己確認型」が少年犯罪においても存在感を示しつつある。

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 「自己確認型」の典型例とされるのが、17歳の少年が高速バスを乗っ取り、乗客1人を殺害するなどした12年の西鉄バスジャック事件。中学まで成績優秀だった少年は、やがて不登校となり、インターネットに没頭する。ナイフなどを購入し、「存在感がほしい」と書き込んだこともあった。

 現実世界で傷つけられた万能感を癒やすためネットに夢中になり、力を誇示するナイフなどのアイテムに依存する−。こうした心理を、東京工業大名誉教授の影山任佐氏は、困ったことに直面すると未来の「ひみつ道具」に頼ろうとする漫画「ドラえもん」の主人公、のび太の姿と重ね、「ポストのび太症候群」と名付ける。

 そして、現実から目を背けて閉じ籠もる「のび太」たちは「疎外されたと思い込んでいる社会に対して犯罪を起こすことで、自分の存在や力をアピールしようとする」(影山氏)のだという。

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 急速に普及したSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が、引き金となることもある。

 「お前らみたいなブスと話す暇ないけぇ」「おまえにゆわれたあないわあや」

 25年に広島県呉市で高等専修学校の女子生徒が殺害された事件。無料通信アプリ「LINE」のグループでは事件前、被害少女や加害少女が罵り合うやりとりが投稿されていた。

 「文字のやり取りではニュアンスが伝わらず、言葉がエスカレートしてしまう」。22年まで家裁調査官を務めた駒沢女子大教授、須藤明氏(犯罪心理学)は、SNS特有の「炎上」しやすさを指摘する。

 ただ、須藤氏には「若者のコミュニケーション能力自体が落ちている」との懸念がある。

 調査官時代の面接で少年らに「お父さんはどんな人?」と聞いても、返ってくるのは「別に」という言葉。事件当時の気持ちを聞いても「なんとなく」としか答えない。

 「自分が今、どんな感情なのかを評価した上で対処するから、社会的に適応ができる。それができないと、突発的な行動に出てしまう」(須藤氏)

 ただ、事件を起こす前に少年がSOSを発することは少なくない。だが、周囲がSOSを理解できないまま見逃されてしまう。

 26年に起きた長崎県佐世保市の高1女子生徒殺害事件では、加害少女が事件前に父親を金属バットで殴打していたが、情報は県教委に報告されていなかった。医療少年院送致とした家裁決定は、加害少女が神経発達障害の一種と認定した。

 須藤氏は言う。「保護者も含め、社会から孤立させないことが必要。そのためには、児童の診断ができる精神科医の拡充など社会インフラの整備が急務だ」

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