【映画深層・動画付き】「脱癒し」の新作はトランスジェンダーがテーマ 「彼らが本気で編むときは、」の荻上直子監督に聞く

【映画深層・動画付き】「脱癒し」の新作はトランスジェンダーがテーマ 「彼らが本気で編むときは、」の荻上直子監督に聞く

 もはや癒やしてなるものか、と思ったという。「かもめ食堂」(2006年)や「めがね」(07年)などで“癒やし系”が定着した荻上直子(おぎがみ・なおこ)監督(45)が、25日公開の新作「彼らが本気で編むときは、」で取り組んだのは、心と体の性が異なるトランスジェンダーの女性を主人公にした多様な家族のあり方だった。

 「でも社会性のある映画を作るつもりは一切なくて、そのときに自分がやりたいことをやっているだけなんですけどね」

 ほんわかとした雰囲気の語り口は、やはりどことなく癒し系かも。

きっかけは新聞記事

 「これまでの作品も、観客を癒やすつもりはないんです。結果的にゆったりと流れるような空気感の映画になって、それをみなさんが見て“癒やし系”と言ってくれたのかな。それも悪いことではないのですが、今回は自分でも、攻めて攻めて、みたいな気持ちで撮っていましたね」

 5年ぶりの作品。オリジナルストーリーだ。

 母子家庭の小学5年生のトモ(柿原りんか)。ある日、母(ミムラ)が男を追って姿を消す。叔父のマキオ(桐谷健太)の家に厄介になることになるが、マキオは恋人のリンコ(生田斗真)と暮らしていた。トランスジェンダーのリンコに、初めは戸惑いを覚えるトモだが、優しさと愛の深さに触れて次第に心を通わせていく。一方で世間の偏見も目の当たりにして…。

 トモの成長物語が、ときにユーモアも交えながら、ほほ笑ましく描かれる。

 「今回はちょっと社会性を持ってしまったかもしれませんが、笑える部分は大切にしているし、やっぱり映画は面白くないと」

 トランスジェンダーの女性とその母親を取り上げた新聞記事を読んだのがきっかけだった。記事では、母親は「女性になった息子」のことを自然に受け止め、支えていた。

 セクシュアルマイノリティーが登場する脚本を書いては作品化に結びつかない、という状態が続いていたこともあり、「彼らが脇にいるのではなく、ど真ん中に持ってきて映画を作ろう」と決意を固めた。

まさか出演してくれるとは

 「そのお母さんからお話を聞いて、子供を愛する気持ちはみんな同じなんだなと思った。子供を受け入れたいという彼女の思いは、私が子供を愛している気持ちと変わらないんですよね」

 脚本の段階で気をつけたのは、セクシュアルマイノリティーの人たちを傷つけるようなことは絶対に書かないということだった。

 「差別的な意識はないかと何度も自分に問いかけ、絶対にないと思えるのならできるんじゃないか。そう考えた」

 十分にリサーチし、できあがった脚本はセクシュアルマイノリティーの友人に読んでもらった。

 「例えばゲイであることを公表している監督じゃないと、ゲイの方たちの映画を作ることは許されないんじゃないか。そんな感覚がありました。でも、サッカーをやっていない人がサッカーの映画を撮ってもいいわけですからね」

 資金集めも難航した。こちらはもっぱらテーマの問題ではなく、オリジナルの脚本だからという理由だった。10年前に出資してくれたところから断られて、ハードルが高くなっていると実感した。

 「今は既存の小説や漫画を原作にした映画ばかり。これで日本映画は大丈夫なのかと不安にもなったけど、こちらも失敗したら2度とオリジナルで映画は撮らせてもらえないんじゃないか、絶対に失敗できないとの覚悟で臨んだ」

 脚本を書き上げてから約1年後の昨年3月、ようやく撮影開始。最初のきっかけとなった新聞記事の女性がとてもきれいだったので、主人公には美しい人をと俳優の生田斗真をキャスティングした。出てもらえるとは思ってもいなかった。

 「失敗したら生田さんの俳優生命も終わってしまうような危険性を伴う映画だ。チャレンジしていただけて本当によかった」

大切なのは信頼関係

 「トランスジェンダーの人がそのことで悩んでいる、という映画にはしたくなかった。女の人の心を持っているからには母性に目覚め、母親になりたいという気持ちもあるんじゃないか。欧米では、そういうカップルが養子をもらって育てることはごく普通にあるので、さらに一歩先に進みたかった」

 多様性に敏感なのは、アメリカで長く暮らしていたことと無縁ではない。千葉大学を卒業後、南カリフォルニア大学の大学院に進学し、6年間、ロサンゼルスで過ごした。

 5年前には、文化庁の新進芸術家海外研修制度で、生まれたばかりの双子とともに1年間、ニューヨークに留学。夫も1年間の育児休暇を取って同行した。その夫とは事実婚だ。夫婦同姓じゃないと家族の絆が結べない、という意見には反発を覚えるという。

 「絆は自分たちで作るもので、ほかの人からとやかく言われる筋合いではない。フィンランド人のプロデューサーでタイ人の子を養子に迎えた人がいるのですが、彼ら親子の姿を見ていると、血のつながりも、性別すらも関係ないという気になります」

 では、最も大切なものは? 

 「絶対的な信頼みたいなもの。映画では、トモちゃんがリンコさんを信頼することで距離が縮まっていきます。そういう人間の本質は、何千年も前から変わらないと思っていて、現代社会だから薄いかというとそうでもない」

 そう言いながら、次のようにも打ち明ける。

 「でも、あんまりメッセージはこうです、と思いながら映画を作っているわけではない。感覚的で、無意識な部分が多いんです」

 5年ぶりの新作だが、この間休んでいたわけではない。撮りたくてしようがなかったが、脚本を書いてはボツになる。その繰り返しだった。

 「このまま映画が撮れなくなったらどうしようとすごく不安だった。この作品の完成披露試写会の舞台に立ったとき、ああ、ちゃんと見てくれる人がいる、よかった、と本当にうれしかった。ほっとしました」

 笑顔をのぞかせた。(文化部 藤井克郎)

 「彼らが本気で編むときは、」 2月25日から、東京・新宿ピカデリー、神奈川・横浜ブルク13、愛知・ミッドランドスクエアシネマ、大阪・ステーションシネマ、福岡・TOHOシネマズ天神など全国で公開。

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