【映画深層・動画付き】チベットの風景と普通の暮らしを舞台に描く普遍的な親子の物語 「草原の河」ソンタルジャ監督

【映画深層・動画付き】チベットの風景と普通の暮らしを舞台に描く普遍的な親子の物語 「草原の河」ソンタルジャ監督

 チベットというと、どうしても政治や宗教の側面で語られがちだが、この地に生きるチベット人にとっては、家族とともに暮らすごく普通の日常がある。4月29日に東京・神保町の岩波ホールで公開される「草原の河」は、チベット人のソンタルジャ監督(43)が自らの生まれ故郷を舞台に、普遍的な親子の物語を雄大な景色の中で紡いだ作品だ。「人を撮ることで民族の精神や歴史を残したかった」と来日した監督は力を込める。

親のいない子羊をかわいがる6歳少女

 「草原の河」の舞台はチベットのアムド地方で、現在は中国の青海省海南チベット族自治州に属する。見渡す限りの草原の中、羊を放牧して生活しているグルの一家が主人公だ。

 6歳の一人娘、ヤンチェン・ラモはクマのぬいぐるみが手放せず、いまだに母親のおっぱいを恋しがる。離れて暮らす祖父の具合が悪くなり、父親のグルと一緒にお見舞いにいくが、グルは娘1人を行かせて自分はかたくなに会おうとしない。やがて遅い春が来て、放牧地に移動した一家はオオカミの来襲に悩まされる。ヤンチェン・ラモは母親を殺された子羊をジャチャと名付け、かわいがるが…。

 ヤンチェン・ラモもグルもソンタルジャ監督の親戚(しんせき)で、演技経験はない。着ている服も自前のもので、日常の延長線上のような暮らしぶりを、自然な表情とともに映し出す。

 「私は失われたものを描きたくてこの映画を撮ったわけではない。急激な発展によって失ったものは世界中にたくさんあるが、そんな中で人間はどう生きているのか。それはチベットも世界の他の地域も何ら変わりがないということを言いたかった。ただ一方で、この映画を撮ることでチベット民族のさまざまな生活や心の風景を残すという記録的な意味合いがあったのは事実だと思う」とソンタルジャ監督は指摘する。

ガラス板に描いた手製のスライドで遊ぶ

 映画の舞台でもあるアムド地方の海南チベット族自治州同徳県で生まれた。どこの家も隣まで10キロは離れているような地域で、子供たちは60〜70人ほど、親元を離れて寄宿舎で一緒に暮らしていた。

 ここでソンタルジャ監督は、初めて映画というものに触れる。1週間に1回ほど、巡回上映のチームが訪れ、学校の壁や2本の棒を立てて張った幕に映写するといったものだった。ただ上映された映画は中国語の作品で、幼いソンタルジャ少年にはどういうストーリーか、さっぱり分からなかったという。

 「でもそのときの記憶は強烈に残っている。翌日、上映場所にいくとフィルムが残っていて、太陽にかざして見ると、どのコマも同じように見える。これがなぜいろんな話になるのだろうと、不思議に思ったものです」

 やがて、父親から借りたペンでガラス板に絵を描いて、それを電球で照らして壁に絵を映し出すという、手製のスライドのようなもので遊ぶようになった。ガラスを扱うものだから、ときどきけがをして母親に怒られたと苦笑いを浮かべるが、これらの経験が映画の仕事に就くことになったことと無関係ではないと感じている。

 だが本格的に映画を勉強するようになるのは、まだまだ先のことだ。映画は青年ソンタルジャにとって、遙か遠い存在だった。

 「というのも、映画人を養成する大学である北京電影学院は、チベット語ではなく中国語で受験しなければならず、私にはとうていできないことだった。師範学校を出た後、放牧地の小学校で教師をしていたが、映画はずっと遠い存在であり続けました」

 そんなある日、ある文学交流会でペマ・ツェテン監督と出会う。今ではチベット映画界の第一人者として知られるペマ・ツェテン監督だが、当時は北京電影学院に入ったばかりで、君も来ないか、と誘われる。4年制の本科ほど難しくはない2年制の進修生コースに入り、卒業後はペマ・ツェテン作品のカメラマンとして映画人のキャリアをスタートさせる。

自分とは何者かを探し続ける旅

 その後、急に撮りたいと思って脚本を書いたのが、第1作の「陽に灼けた道」(2011年)で、バンクーバー国際映画祭など数々の映画祭で高評価を獲得。監督として一本立ちを果たし、2作目の「草原の河」へとつながっていった。だが、せりふはチベット語の一方言だし、出てくる人もすべてチベット人というこの映画を作るに当たって、困難はなかったのか。

 「出資したいという人はいたが、何とか自分の資金で乗り切りました」と笑顔を見せるソンタルジャ監督だが、今の中国映画界が商業化の波にさらされていることは認める。

 「文芸作品や芸術作品を撮っていくのは非常に難しい状況だが、それは世界中で言えることではないか。ハリウッド映画は世界中を席巻しているし、特に少数民族の映画を撮ることは、ある程度の困難を伴うことは間違いない。でも私は、これから少しずつ改善されていくのではないかと希望を持っているんです」

 少数民族であっても同じ人間であり、一人一人にさまざまな感情があることには変わりがない。そこで営まれる家族の情景は、世界のどこであっても受け入れられると信じている。

 「私にとって映画を撮る意味は、自分とは何者なのかということを探し続けることなのです。チベットにはまだまだたくさんの物語がある。それらを映画にして、ぜひ世界中の人に見てもらいたいですね」(文化部 藤井克郎)

 「草原の河」は、4月29日から東京・神保町の岩波ホール、5月6日から大阪・十三の第七藝術劇場、13日から名古屋・名演小劇場ほか全国順次公開。

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