香港政府や中国共産党への厳しい論調で知られる香港紙、蘋果(ひんか)日報の本社ビル前に、乗用車が長時間停車するようになったのは10日ほど前からだ。複数の男が乗車し、社に出入りする人間に目を光らせている。

 「われわれに対する白色恐怖の一環です」

 本社ビル内で会った同紙総編集(編集局長)の羅偉光氏(46)は語った。

 白色恐怖とは白色テロのことで、権力者による敵対勢力へのさまざまな“弾圧”を意味する。

 同紙の記者だけ香港政府高官の取材の際に排除される▽中国本土の取材ビザが出ない▽マカオの入境を拒否される−など、挙げればきりがない。

 「われわれの新聞には広告が載っていない。広告を出すと、その企業に1本の電話が入るのです」。政府関係者からの圧力だ。

 同紙の収入を支えるのがネット版を利用する約61万人(新聞紙の発行部数は約10万部)の購読料である。香港の人口は約750万人。香港紙のネット版の中で最大の購読者数を誇る。

 1995年、天安門事件(89年)などを通じて中国の民主化運動を支援してきた実業家の黎智英(ジミー・ライ)氏(71)が創刊した。現在、中国資本が浸透した香港紙がほとんどを占める中で唯一、民主派支持の論陣を張っている。

 中国の全国人民代表大会常務委員会で月内にも可決される「香港国家安全維持法」では、国家分裂や政権転覆行為、海外勢力と結託し国家の安全に危害を加える行為などが禁止される。

 「メディアが大きな影響を受けるのは間違いない。報道するに当たって(目に見えない)ラインが引かれるのではないか」

 羅氏が懸念するのは、報道できることと、できないことが区分されるということだ。同法施行後は、反政府・反中記事を書いた記者や編集者が「国家分裂」「政権転覆」の罪に問われかねない。言論の自由、報道の自由の崩壊である。

 香港や中国政府を厳しく批判してきた同紙にとっては正念場といえる。

 創業者の黎氏は社員にこう発破をかけている。

 「蘋果日報は創刊以来、『自由と民主を支持する』という読者との約束を守ってきた。これからも香港人のため声を上げていこう。萎縮するな。それぞれの良心に従ってやってほしい」

 総編集の羅氏は自らの良心について、「市民の知る権利を守り、同僚記者たちの取材の自由を守ることに尽きる」と断じる。

 同法が施行される前から蘋果日報への監視が強まっているが、「これまでも当局からさまざまな圧力を受ける中で報道してきた。香港国家安全維持法が導入されても、われわれのスタンスは変わりませんよ」。羅氏は危機感を笑顔に包み込んだ。(香港 藤本欣也)

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 香港市民の基本的人権に制限を加える香港国家安全維持法が近く香港に導入される。これまで享受してきた言論、報道、集会の自由に目に見えない鎖がかけられ、香港の一国二制度は有名無実化する。消えゆく香港の自由に、香港人はどう対応しようとしているのか。現場から報告する。