香港・九竜地区の雑居ビルの10階に「六四記念館」はあった。70平方メートルほどの狭いフロアに、1989年6月4日、中国の民主化運動が人民解放軍に武力弾圧された天安門事件の資料や、銃弾を受けたヘルメット、横断幕などが展示されている。

 「この場所も閉鎖を命じられるかもしれない」

 運営する「香港市民愛国民主運動支援連合会」(支連会)の李卓人主席(63)は、中国による「香港国家安全維持法」の香港への導入に危機感を示す。

 同法では、国家分裂や政権転覆行為、海外勢力と結託して国家の安全に危害を加える行為などが禁止される。中国本土で最大のタブーとされる天安門事件の情報発信は、国家分裂などの罪に問われかねない。

 そこで、支連会が「Xデー」に備えて取り組んでいるのが、インターネット上で資料を展示するデジタル・ミュージアム「六四人権記憶博物館」の開設である。

 「中国では洗脳されて記憶すらも許されない」ことから記憶博物館と命名した。天安門事件の資料などを、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)にも登録申請しているという。

 天安門事件当時、香港は英国の植民地だった。中国への返還が8年後に迫っていた市民らは中国の民主化運動を積極的に支援した。

 当時32歳だった李氏もその一人。支援金を届けようと北京の天安門広場に駆け付けたが、事件後、中国当局に一時拘束された。

 支連会は事件翌年の90年から、香港で犠牲者を追悼し真相の解明を中国政府に要求する集会を始めた。この“ろうそく集会”は、中国への返還後も禁止されることはなかった。香港には「一国二制度」のもと、言論や集会の自由が認められていたからだ。

 今年は新型コロナウイルス流行の影響もあって数千人の参加者にとどまったものの、昨年は約18万人が集まった。だが、香港国家安全維持法が施行されれば、一国二制度の象徴的な行事だったろうそく集会は風前の灯となる。

 「これからも一党独裁の終結などを求め続けていく。もし主張を変えてしまえば、89年の中国民主化運動の精神を伝承していけなくなる」と李氏はいう。

 支連会は解散を命じられ、李氏は逮捕されるかもしれない。

 「私たちは六四の後、中国共産党の暴力による圧迫がいかなるものかを伝えようとしてきた。まさに、同じものが香港人の身の上に降りかかろうとしている。今こそ、『六四の毎日が来るぞ!』と警鐘を鳴らさなければならない」

 それが自分たちの存在意義だ、と李氏は語った。

(香港 藤本欣也、写真も)