池田輝政の肖像画、モデルは木像

池田輝政の肖像画、モデルは木像

 岡山藩池田家ゆかりの国清寺(岡山市中区小橋町)に伝わる、同家の礎を築いた池田輝政(1564〜1613年)の木像が、金山寺(同市北区金山寺)が所有する輝政の肖像画のモデルであることが12日までに分かった。画は輝政の子孫、第3代岡山藩主・継政(1702〜76年)の筆で、研究者は「彫刻を基にした肖像画は少ない上、結び付きが証明された珍しいケース」としている。 木像は高さ約50センチ、幅約60センチ、奥行き約30センチで、作者や制作年は不詳。穏やかな表情をたたえた衣冠姿の座像で、まゆ、くちひげを一本一本描くなど手が込んでいる。歴史書などでよく知られる肖像画に比べ若々しく、人形的な造形が特徴だ。 金山寺の肖像画は、木像と比べると笏(しゃく)の持ち方やあぐらをかいた足の位置などに違いはあるが、顔の輪郭や表情はそっくり。継政が木像を見て描き、同寺に納めたとの画賛が添えられている。 岡山県立博物館(同後楽園)が19日開幕の特別展「岡山ゆかりの肖像」のため調査。岡山藩政資料に継政が金山寺で木像に拝礼した記述があり、明治期の郷土史家の書籍には、国清寺の木像は元は金山寺にあったと記されていることなどを確認。画賛や文献も踏まえ、継政がモデルにしたのはこの木像で「ほぼ間違いない」(同館)と判断した。同館の竹原伸之総括参事は「不明になっていた2点の関係が判明した意義は大きい」と話す。 林原美術館(同丸の内)には、継政が藩の御用絵師に描かせたとされる輝政の肖像画もあり、同様に木像を写したとみられる。就実大の浅利尚民准教授(日本美術史)は「『画人大名』と呼ばれる継政は祖先の肖像画を数多く手掛け、ゆかりの品を見つけると積極的に写していたようだ。いかに祖先を大事にしていたかが分かる」と指摘する。 池田輝政は織田信長、豊臣秀吉に仕えて軍功を挙げ、関ケ原の戦いでは東軍につき、姫路藩52万石の大大名となった。国清寺は17世紀初めに輝政の長男・利隆が建立。後に、利隆の子で初代岡山藩主の光政が祖父、父の菩提寺にした。 木像と肖像画は特別展で公開される。


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