今月2日に最後の卒業生を送り出し、約70年の歴史を閉じた玉野市立備南高の総合技術科。1948年の開校以来、造船のまちを支えた伝統の学科の証しを残そうと、同科長の岸本侑也教諭(29)が記念プレートを作った。

 工業系学科の総合技術科は、開校時に設けられた機械科、造船科の流れをくむが、同じ市立の玉野商工高への機械科設置に伴って募集を停止し、本年度の卒業生が最後の生徒となった。

 記念プレートは縦60センチ、横40センチ。生徒が授業で使っていた学習机の木板に、発泡スチロールで作った文字を貼り付け、校名とともに「総合技術科閉科記念 造船の誇り 工業の道究め」と記した。

 同高に赴任して3年の岸本教諭。「長い歴史の中で関わった時間は短いが、最後の科長として何かを残すことが使命だと感じた」と思いを語る。

 2日の閉科式の後から約2週間、業務の合間に、授業で使った校内の“工場”で作業した。言葉は、三井造船(現三井E&Sホールディングス)で働く人たちが学ぶ場所として始まった学校の歴史を伝えようと、校歌を参考に考えた。

 プレートは今後、校長室横の陳列棚に飾る予定。二部野一郎校長は「閉科に際して何か残るものを作りたいと思っていたところ、岸本先生が手を挙げてくれてありがたい。みんなに見てもらいたい」と喜ぶ。

 岸本教諭は「資材は限られていたが、工業の教員として細部まで妥協せずに作った。閉科は寂しいが、日中働きながら夜はここで勉強していた生徒がいたことを伝える証しになれば」と話す。