当時の岡山市街地の約6割が焦土となった岡山空襲(1945年6月29日)から75年を迎えた29日、同市戦没者追悼式が市役所で営まれた。今年は新型コロナウイルスの感染予防のため大幅に規模を縮小し、遺族ら16人が犠牲者を慰霊。記憶の継承や恒久平和への誓いを新たにした。

 大森雅夫市長や遺族代表が、空襲犠牲者1466人の名簿を祭壇に奉納。戦地で亡くなった市出身者1万198人と合わせ、黙とうで冥福を祈った。大森市長は「戦争の悲惨さ、平和の尊さを次世代に伝え、恒久平和の実現に向けて努力を続ける」と述べた。

 市戦災遺族会の岡野征二会長(75)=同市北区=が「戦争や空襲で罪もない人々が犠牲になった。その記憶の継承が私たちの責務だ」と訴え、青少年代表の朝日高3年政木悠布さん(17)は「平和とは何か、実現のため何ができるのかを自らに問い、一生追い求め、平和な未来をつくる」と誓った。参列者は献花台に花を手向けた。

 追悼式は毎年、岡山市民会館(同丸の内)で開催してきたが、規模縮小に伴って会場も変更した。

 岡山空襲は、米軍のB29爆撃機138機が約1時間半にわたり焼夷(しょうい)弾を投下。岡山市史では死者を1737人としている。2千人を超えるとの研究者の指摘もある。