光となって—点字ブロックの半世紀(4)「守る会」会長の竹内昌彦さんに聞く

光となって—点字ブロックの半世紀(4)「守る会」会長の竹内昌彦さんに聞く

 岡山で生まれた点字ブロックに関する啓発に取り組む地元関係者は、半世紀の道のりや今後の課題をどうみているのか。市民グループ「点字ブロックを守る会」の会長で、自身も目が不自由な岡山県立岡山盲学校の元教頭竹内昌彦さん(72)=岡山市中区=に聞いた。 —点字ブロックとの出合いは。 現在の岡山市中区原尾島の国道交差点に第1号が登場した翌年の1968年、近くの岡山盲学校に赴任してブロックの存在を知り、安心して歩けるいいアイデアだと直感した。船にとっての灯台のように、視覚障害者が歩道を歩く時には何らかの道しるべが必要で、それ以前は脇に生える草を頼りに車道との境を認識していた。盲学校に練習用のブロックを用意して生徒に訓練させたのを覚えている。 —その後、ブロックは国内外へと広がった。 各地に整備されるにつれ頼もしく感じていたが、これほど普及するとは思わなかった。考案した三宅精一さん(1926〜82年)も天国で驚いているかもしれない。足裏の感覚に訴えて視覚障害者の歩行の安全を守るという発想が世に認められたのだろう。 —竹内さんは第1号の敷設地に石碑を建てることを発案し、企業経営者をはじめ市民有志の支援を受けて2010年に実現させた。 石碑により、ブロックが岡山発祥であることを後世に引き継げると考えた。世に送り出した三宅さんに、利用する立場の一人として恩返しをしたかった。 —「守る会」(約50人)は当時の支援者が母体となって生まれた。ステッカーの配布などを通じ、点字ブロックの上に物を置かないよう啓発している。 ブロックを必要としない健常者がたくさん参加してくれて本当に心強い。以前はブロックを歩いていても、自転車にぶつかったりトラックの荷台に頭をぶつけたりした。活動のおかげで、少なくとも岡山市では障害物が大幅に減り、怖い思いをすることはほとんどなくなった。 —障害物をなくすこと以外に課題は。 駅のホームから線路に落ちる視覚障害者が各地で後を絶たない。点字ブロック上を歩いていても方向感覚をなくし、線路がどちらにあるか分からないことがある。白杖(はくじょう)を持った人を見かけたら「ご一緒しましょうか」などと声を掛けてほしい。誰かに寄り添ってもらうことが一番の安心材料だ。 —竹内さん個人としても講演などを通じ、全国で点字ブロックに対する理解を精力的に呼び掛けている。 キャリーケースを持っているときなどに邪魔だと感じたり、景観を損なうと思ったりする人もいるだろうが、視覚障害者にとっては「命の道」。岡山発祥のアイデアを最大限に生かせるよう、物を置かない意識が全国、世界に広まってほしいとの思いで活動している。障害者がどこでも安心して歩ける世の中になることを願っている。 =おわり

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