福岡県直方市に「めだか寺」と親しまれ、全国のメダカ愛好家からも注目されている寺がある。江戸時代に直方藩主・黒田長清が建立した丸山観音寺で、九州で唯一、サケが俎上(そじょう)する川として知られる遠賀川のそばにある。

メダカがつなぐご縁

 「めだか寺」と呼ばれるようになったのは、大塚恵誠住職(58)が23年前、檀家(だんか)から約30匹のメダカを譲り受けたのがきっかけ。年々増え続け、現在では50種類、1万匹を超えるまでになった。

 長男で副住職の誠也さん(31)が「神社と同じように気軽に立ち寄れ、『またお参りに来たい』と思ってもらえる寺」を目指し、様々な珍しいメダカのほか、かわいらしい置物や寺オリジナルの授与品をそろえ、SNSでも積極的に発信している。

 コロナ禍の時期に巣ごもり需要が増え、メダカがペットとして注目されるようになったことも人気を後押ししているようだ。

 「直方のこんな小さな寺に北海道や沖縄からも訪れてくれるなんて、本当にありがたい」と話す住職。「メダカがつなぐご縁」と参拝者らの姿に目を細める。境内にあるステッカーボードには、各地のメダカ愛好家が持参した個性豊かなシールが所狭しと貼られていた。

 「メダカの寺として知られているところは、全国でも他にないのでは」という。メダカを熱心にPRする理由をさらに聞くと、過疎化や少子化によって各地の寺が直面している厳しい事情があった。

お寺も変わらなきゃ

 墓参りに訪れる檀家が減ったり、墓じまいをしたり、寺を取り巻く環境が変わる中で「20〜30年後には3分の1のお寺が消滅するという話も耳にする時代になりました」と誠也さん。「江戸時代から続くこの寺を、次の世代につなぐ責任がある。寺が生きていくには参拝に来てもらうことが大切。ここで踏みとどまらないと」と話す。

 境内を歩くと、めだか寺ならではの数々の演出に気づく。手水舎(ちょうずしゃ)のそばには、水に浸すと文字が浮かび上がる「水みくじ」があり、購入して試したお年寄りは「あら、ほんとうに文字が出てきた」と喜んでいた。

 誠也さんが自ら絵付けする、メダカの形をしたカラフルな土鈴も人気だ。かわいらしい土鈴は、短いさおの先のフックにかけて釣り上げる趣向になっている。こちらは子どもからお年寄りまで楽しんでいるそうだ。

 メダカを描いたご朱印帳はとくに人気があり、休日には100組ほどの参拝者に授与しているという。デザインは月ごとに変わり、開いてみると、鯛(たい)ならぬ赤いメダカを抱いた恵比須様などが描かれ、誠也さんが手がけたゴム印で彩られていた。

 ご朱印ができあがるまで10分ほど。「この待ち時間にバラエティーに富んだメダカを見ながら、ゆっくりしてほしい」と住職が言う境内には、メダカが泳ぐ約60個の鉢や水槽が並び、小さな子どもが見られるようにと、傾けて置いているものもあった。

参拝を楽しい時間に

 ”見どころ”は、本物のメダカだけではない。手水舎には、口から水を吐くメダカの石像があり、そばではメダカを釣っているのだろうか――、カエルやペンギンのかわいらしい置物が糸を垂らしていた。石を彫って作られた「良い目が出るサイコロメダカ」も訪れた人たちの目を引いている。

 意外にも”挑戦者”が多いのは、メダカを捕まえる網を使った「投げさい銭」。お堂の上方に掲げた小さなさい銭箱の下に網が取り付けられ、さながらバスケットボールのゴールのように見える。願いを込めたさい銭が箱に入らなくても、網がすく(救)ってくれるのだが、子どもより大人の方が”本気”になってしまうのだという。

 以前は近くの田んぼや小川に行けば、簡単に目にすることができたメダカ。護岸工事や農薬、生活排水による環境悪化などで、すみかを徐々に奪われ、日本古来のメダカは、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に挙げられている。

 「ごく身近だったメダカが姿を消していったのは残念。自然が豊かだった時代の面影を感じてもらえたら」と住職は話す。