「ジブリ作品に出てくる洋館みたい」――。そんなコメントがSNSで飛び交う場所が、福岡市南区平和の小高い丘の上にある。ツタに覆われた「長崎阿蘭陀(おらんだ)珈琲(コーヒー)館」。市街地を眺めながら飲食を楽しめる至福のひとときが評判だ。

丘の上にジブリの世界

 「新芽に包まれて、ちょうどいい感じですよ」。4代目のオーナー・荒巻貴さん(49)の明るい声に誘われて、緑の洋館を訪ねた。

 実は、洋館に足を運ぶのはこれが2度目。最初に訪れた今年2月、店は臨時休業していたが、年季の入った外壁に絡まるツタが春を過ぎるとどう変化するのだろうか――と楽しみにしていた。3か月後、目の前の洋館は深い緑にすっかり覆われていた。

 洋館の一帯がすっぽりと、外の世界から遮断されてしまったかのようだ。入り口そばにある「長崎阿蘭陀珈琲館」の文字はツタの葉に埋もれ、もはや読めない。

 入り口の扉を開けると、大きな窓の外にパノラマの景色が広がっていた。初めて来店した人からは、印象派の絵画を思わせる窓外の情景に感嘆の声も上がるそうだ。

 長崎県内で複数の飲食店を経営していた初代のオーナーが、店をたたんだ後、坂の街・長崎への慕情を誘うこの丘で、1980年に始めた珈琲館。広い店内には英国から取り寄せたアンティーク調の木製家具が並ぶ。

 暖炉のそばにある窓の外には、中庭があり噴水が見える。ゆったりしたスペースに配置されたステンドグラスや、オランダ風の陶器。オープン時から変わらないというレトロな館内に、創業者のこだわりが息づいている。

一番人気はちゃんぽん

 平日で100人、休日になると150人ほどが訪ねてくる人気店。昼どきには順番待ちの列ができることも珍しくないという。店の名前からカフェを想像するが、洋食を中心に食事も楽しめる一昔前の喫茶店の雰囲気に近い。

 創業当時からの人気メニューは長崎ちゃんぽん。客の半分ほどが注文するそうだ。鶏がらと豚骨、野菜を丁寧に煮込んだスープが自慢で、エビや豚など17種の具材に隠れるように、特注の太麺がのぞく。「伝統を引き継ぎながらも、よりおいしい料理への進化を目指しています」と荒巻さんは話す。

 季節ごとに微妙に変化も加える。春はタケノコを入れ、夏はトマトをベースに。秋は栗、冬には牡蠣(カキ)を用いるなど四季の食材が器を彩る。

 ちゃんぽんには「大」と「小」があるが、小が普通サイズ。常連客に「洗面器」と呼ばれる大の器は、測ってみると直径が27センチあった。店内の器は、オープン時から有田焼のブランド「青花」のものを使い、かわいらしい絵柄が笑顔を誘う。

 40年以上活躍している「洗面器」はすでに生産が終了し、店に残るのは8枚だけに。「これほど大きい皿はウチくらいしか使わないのでしょう」と荒巻さん。「この皿だけは割らないように注意してね」とスタッフに念を押し、大事に使っている。

 撮影が一段落し、椅子に腰を下ろして、コーヒーをいただく。店では注文を受けてから豆を挽(ひ)き始める。サイホンで淹(い)れたコーヒーを席まで運び、目の前でかわいらしいカップに注いでくれた。

移りゆく季節を重ねて

 店内から外を眺めていると、窓をキャンバスに見立てたアート作品を鑑賞しているような気分になる。

 とくに意図したわけでもなく、いつの間にか建物全体を覆うまでに育ったツタの葉。3月の終わり頃に新芽がふき始め、10月頃から黄色や赤に染まる。冬を迎えると、ほとんどの葉が散ってゆく――。

 雨上がりの午後。うっすら濡れた葉が、初夏を思わせる心地よい風を受け、カサカサとかすかな音をたてていた。風の強さに合わせて、葉が奏でる音も変化する。

 よく見ると、風に揺れる葉に小さな虫がしがみついていた。店に迷い込むこともあるが、そこはご愛嬌(あいきょう)。小さな”来客”を見つける度に客に頭を下げ、そっと捕まえて窓の外に逃がすそうだ。