【豆知識】江戸城が「日本一」と呼ばれる理由

【豆知識】江戸城が「日本一」と呼ばれる理由

現在では皇居として知られる江戸城は、よく「日本一」と評されます。江戸城のいったい何が「日本一」なのでしょうか?

江戸城は比類なき日本一デカい城
年末年始の恒例行事といえば、紅白歌合戦や初詣、年賀状に並んで、天皇陛下や皇族がお出ましになる新年の一般参賀が挙げられるでしょう。

毎年1月2日に行われ、必ずテレビでも中継される一般参賀。今年は今上天皇退位前の最後の一般参賀だったこともあり、例年より参賀者は多かったそうです。

天皇陛下の住居であり、一般参賀も行われる皇居がかつての江戸城だったことはよく知られています。この江戸城、紹介されるにあたり、「日本一の江戸城」と評されることが少なくありません。

江戸時代には徳川将軍が住み、明治以降は天皇の住まいとなった江戸城は、確かに日本一にふさわしい歴史と格式を持っているように感じますが、実際には何が「日本一」なのでしょうか。

その答えは、ずばり「広さ」。江戸城の規模は、日本で1番の、それも圧倒的な広さを誇るのです。それではどれほど広かったのか。代表的な城の規模を比較してみましょう。

 熊本城:約20ha
 姫路城:約23ha
 名古屋城:約35ha
 仙台城:約44ha
 大阪城:約106ha(大阪城公園)
 江戸城:約230ha!(皇居+皇居外苑)
 
上にあげた各城を訪れて、「広いなぁ」と感じたことがある人も多いと思いますが、江戸城は大阪城の2倍以上、姫路城のなんと10倍も敷地面積があるのです。江戸城を訪れた人からはよく、「とても1日では周りきれなかった」という感想を聞きますが、これだけ広いのですから無理はありません。

将軍家の威光を諸大名に示すため
さて、上で取り上げた江戸城の面積は、皇居がある城の主要部分になりますが、じつはその外側にも江戸城は広がっていました。「外側に広がっていた」と言われても、意味不明で不親切ですよね。このことを理解するためには、江戸城が「内郭」と「外郭」の2段構造だったことを理解しなければなりません。

江戸城の「内郭」は内濠の内側であり、本丸・二の丸・西の丸・吹上・北の丸などがあった城の中心部を指します。一般的に、皇居及びその周辺の公園とイメージしている範囲ですね。

一方で、「外郭」は外濠の内側を指しますが、この外濠がとんでもなく長い。外濠を現在の駅で追っていくと、神田駅周辺を始点として新橋駅まで南下し、虎ノ門駅を経由して赤坂見附駅、そして四ツ谷駅へと延び、四ツ谷駅からは東へと向きを変えて市ヶ谷駅、飯田橋駅、御茶ノ水駅とJR総武線と平行して走り、そのまま隅田川へと達します。この渦巻き状にのびる外濠の内側も江戸城だったわけです。


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