お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回は、熊本城と食べ物のお話。籠城戦を徹底的に戦い抜ける城を造るため、築城名人・加藤清正が熊本城に施した秘策とは? 熊本城に隠された兵糧と清正が食べ物にこだわった理由を紹介します。

加藤清正が築いた熊本城に隠された秘密とは?
2016年に発生した熊本地震で大打撃を受けた熊本城。震災発生から5年の節目を迎える2021年、熊本の人々やお城ファンが待ち望んだ復興への大きな一歩が踏み出されようとしています。城、そして熊本市のシンボルでもある天守が2021年4月26日に完全復活するのです。内部の展示もリニューアルされ、よりパワーアップした姿が見られるようになります。

さて、熊本城と言えば、「第33回【武将】加藤清正はどんな城を造ったの?」でも紹介した、加藤清正による過剰ともいえる防御が特徴。迷路のように敵を惑わせる縄張や「扇の勾配」と呼ばれる曲線が敵を寄せ付けない石垣などを持ち、「最強」との呼び声も高い堅城として知られます。

熊本城の防御に対する清正のこだわりは「食」にまで及んだといいます。籠城戦では、城を防御施設でガチガチに固めることも重要でしたが、同時に将兵の食料をしっかり用意することも大切。横矢掛りや枡形虎口などの敵を殲滅する罠をどれだけ仕掛けても、そこを守る兵士が空腹で動けなくなってしまっては何の意味もありませんよね。

通常、籠城戦で兵士たちが食べるのは、城内に備蓄しておいた兵糧です。しかし、清正は兵糧が尽きた後も将兵が生き残れるように城内のあらゆるものを「食べられる」ようにしてしまったのです。果たして「食べられる」城とはどういうことなのか。熊本城と食べ物にまつわる意外な関係を解き明かしていきましょう。