南スーダンで自衛隊が見ていたはずの「戦闘の現場」 新聞記者が語るその過酷な現実

南スーダンで自衛隊が見ていたはずの「戦闘の現場」 新聞記者が語るその過酷な現実

4月16日、これまで「廃棄した」とされてきた自衛隊イラク派遣時の日報435日分が公開され、「戦闘」という記述が複数あるなど、これまで「非戦闘地域」とされてきた派遣先の状況について厳しい目が向けられている。

この日報発見のきっかけが、南スーダンPKO日報問題にあるのは間違いないだろう。というのも、イラク派遣時と同じように「廃棄した」とされていた日報が発見され、2017年7月、防衛大臣辞任という前代未聞の“幕引き”となった。

4月3日、その顛末を追いかけたノンフィクション『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社刊)の著者であるジャーナリストの布施祐仁さんと朝日新聞記者の三浦英之さん、ゲストとして東京新聞記者の望月衣塑子さんが登壇し、自衛隊が南スーダンで何を目撃したのかを語るイベントが東京・恵比寿で開催された。

・「森友公文書改ざんと南スーダン日報隠蔽、重なる2つの問題と民主主義の危機」布施祐仁さんインタビュー

■「貴重な実任務の日報を短期間で廃棄するとは思えなかった」(布施)

布施さんは隠蔽問題発覚のきっかけを作ったジャーナリスト。日報の公開請求を行ったところ、当初は「文書不存在」という回答を受けたが、その後防衛省・自衛隊幹部による「隠蔽」が発覚する。

なぜ、度重なる隠蔽が起きているのか。「安倍政権だからこそ起きた部分と、これまでPKO派遣によって生じてきた矛盾による部分がある」と布施さんは指摘する。

「PKO法が制定されたから25年間、カンボジアから始まって去年5年に南スーダンから撤収するまで、ずっと自衛隊はどこかに派遣され続けてきました。日本には武力行使を禁じる憲法9条があって、政府は憲法9条に抵触しないための様々な理屈をひねり出しながら海外に派遣してきたわけですが、ここに矛盾が出来るんですよね。そして、その矛盾を誤魔化して、つじつま合わせをするために情報の隠蔽をしてきた、と」(布施さん)

布施さんが南スーダンで戦闘が発生していることに気付いたのは、2016年7月。首都ジュバで2度目(最初は2013年12月)の大規模な戦闘が起きたとき、アメリカ大使館のFacebookアカウントの南スーダンについての記述で「激しい戦闘」という文字が書かれていたという。しかし、日本の中谷元防衛大臣(当時)は会見で「散発的な発砲事案」と表現。実態を意図的に矮小化しようとしているのではと疑問を抱き、日報の開示請求を行ったところ、「不存在」という連絡を受ける。

しかし、布施さんは「文書不存在」の通知を受けたあとも、日報は存在すると確信を抱いていたという。それは、ジャーナリストとしてのこれまでの活動に基づく「直感」だったようだ。

「自衛隊にとって、海外派遣って貴重な実任務の場になるんですね。なので、その実任務について詳細に記述している日報を短期間で廃棄しているのはありえないと思っていました。特に、イラク派遣以降、米軍にならって教訓を蓄積することを自衛隊が重視していたのを知っていたので、それはないだろうと。今回見つかったイラク派遣時の日報も、私は10年以上前から開示請求してきましたが、一度も開示されませんでした。当時から、実はあるにもかかわらず『ない』と言ってきたのではないか、と思わざるを得ません」(布施さん)

布施さんの元には現役の自衛隊隊員からの声も届いている。「陸自(陸上自衛隊)の中から不満の声は聞いている」と話し、その内実を教えてくれた。

「まずは人事の面から、陸自だけに隠蔽の責任を押し付けようとしたのが一つ。もともと黒江哲郎防衛事務次官は問題発覚後も続投の方針でしたから、黒江さんが辞めるというニュースが出てほっとしたくらいです。もし陸自トップの岡部陸幕長だけ更迭して黒江さんが続投だったら、陸自は黙っていないだろうなと…。『武器を使わない二・二六事件が起きるかも』といった声すら聞こえてきました。
もう一つは、内戦が再燃するという厳しい状況にもかかわらず、政府がその事実を隠し、隊員の安全を二の次にして駆けつけ警護という新しい危険な任務を付与したということ。最初から『駆けつけ警護をやる』という結論ありきで事が進んだことに対して、陸自には不満があったようです」(布施さん)

■「南スーダンの政府軍にとって、子供は『武器』なんです。」(三浦)

布施さんが日本での「日報隠蔽問題」を語ると、続いて三浦さんにバトンタッチ。南スーダンの取材中に撮影した写真を使い、日報問題にゆれる日本から遠く離れた「現場」南スーダンに広がっていた「現実」をスクリーンに映し出す。

「首都ジュバで大規模な戦闘は2013年12月と2016年7月に2回ほどありました。当時の大統領派と副大統領派が石油利権をめぐって争いを起こしていた。大統領と副大統領は民族が違うため、民族間の争いに発展してしまった。そういうところに、自衛隊は派遣されていました」(三浦さん)

この1回目の内戦は日本ではほとんど報道されなかった。そんな状況を目の当たりにして、三浦さんは「取材に行かせてください」と会社に伝え現場へ向かったという。

「南スーダンは政情が極めて不安定で、一般市民が政府軍に襲われている状況があります」とその生々しい状況を、率直な言葉をもって説明する三浦さん。政府軍が少女をレイプし、男の子は少年兵として戦闘の場に送り込まれる。子どもの目の前で親が殺されることもあるという。

「南スーダンの政府軍や反政府勢力にとって、子供は『武器』なんです。ただ、『武器』にするためには神経をズタズタにしないといけない。子供たちにまともな理性を持たせないよう、誘拐後、親を目の前で殺したり、友人を互いに殺させたりしています」(三浦さん)

実際に被害者となった南スーダンの子供たちに話を聞いた三浦さん。しかし、その取材場所は隣国ウガンダだった。「軍や武装勢力に誘拐されて少年兵として戦わされていた子どもたちが、部隊を抜け出して隣国ウガンダに逃げてきているからです」とその理由を話す。

そのような環境の中で、自衛隊は南スーダンに派遣されていた。「復興支援」という名目だが、常に戦闘が起きてもおかしくない、そして実際に戦闘が起きている状況だったことが、三浦さんは淡々と語り続ける。

南スーダンの状況について説明しているときに、ふと三浦さんの口からこぼれた「非常に悲しい」という言葉が印象に強く残った。

■「戦闘地域にある教会に日本人のシスターがいる」(三浦)

最後のセッションでは、望月さんも交えて3人で「森友問題」「PKO問題」「ジャーナリズムの可能性」「福島と原発」といったテーマごとのディスカッションが行われた。

「PKO問題」については、布施さんが「日報隠蔽問題は、稲田問題になって総括が終わってしまった」と指摘し、「もっと自衛隊が海外に出る矛盾や、日本が今後PKOにどう関与していくべきか議論すべき」と提言。

また、望月さんの「危険に晒されても自衛隊は行くべき?」という質問に対し、三浦さんはエスニック・クレンジング(民族浄化)が行われている現実を述べた上で、「それでも憲法の制約がある。ただ、実はあまり取り上げられないけれど、現場ではNGOなどの民間がかなり頑張っています。自衛隊も入れない戦闘地域にある教会には、実は日本人のシスターがいるんです。そこで介護や手当を行っているんですが、その部分はあまりクローズアップされていません。だから、日本の政府はもっと日本を始めとした民間団体の支援に力を入れれば良いと思うのですが、そうはなっていません。おそらく直接的には国益につながらないと政府は考えているのではないでしょうか」と、日本の国際貢献のあり方について一石を投じた。

現在の日本の問題について、それぞれの視点から意見が交わされたこのイベント。3時間に及ぶ話の隅々にジャーナリストとしての使命感をうかがうことができた。
続いての後編では三浦英之氏へのインタビューをお伝えする。

(後編に続く)


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