「努力はウソをつかない」とよく言われるが、本人が「努力」だと思ってやっていることのなかには「しなくていい努力」「ムダな努力」もある。

サッカーをやると決まっているのに、練習でキャッチボールばかりやっていたら、おそらくいい結果は出ない。「そんなの当たり前じゃないか」という声が聞こえてきそうだが、ことビジネスシーンでは、これに近いやり方で見当違いな努力を重ねたあげく、結果が出ずに悩んでいる人が多いのだ。

■100点満点の仕事では生き残れない

『しなくていい努力 日々の仕事の6割はムダだった!』(堀田孝治著、集英社刊)は、仕事の端々に潜む「しなくていい努力」をあぶりだし、よかれと思ってやっていることが、実は仕事で成果を出すうえでも、社内で評価されるうえでも、役立っていない可能性を指摘する。

たとえば、与えられた仕事を完璧にこなそうと努力すること。「100点満点の仕事」を目指す努力もまた、「しなくていい努力」だという。

これには説明が必要だろう。仕事を頼む側や顧客からすれば100点満点は当たり前。あらかじめ期待していたラインの仕事にすぎない。仕事の価値は、相手の期待を上回ってはじめて生じるものだ。だから「100点満点の仕事」を目指すというのは「しなくてもいい努力」であり、「努力が足りない」ともいえるのかもしれない。

■「資格取得」と「留学」は無駄な努力か?

キャリアアップをするための努力として、まず思いつく「資格取得」や「留学」。

もちろん、これらは自分の経歴にはちがいないし、会社によっては資格取得自体が給料アップにつながる。ただ、仕事はあくまでも「アウトプット」が問われるものだというのは忘れてはいけない点だ。

資格取得(とそのための勉強)も留学も、知識を入れるという点で「インプット」であり、インプットはそれだけでは価値を生まない。資格や留学経験が生きるのは、それらがアウトプットに結びついた時のみである。これはビジネス書を読み漁ることにも同じことがいえる。

資格も留学も、それ自体が無価値なわけではない。しかし、資格を取って何をするか、留学をして何をするかという視点がなく、インプットして終わりになってしまうと、それは「しなくていい努力」ということになってしまう。

■上司は先生ではない

また、上司をどんな存在と見るかによっても「しなくていい努力」は生まれる。

よくあるのは「上司は困った時に導いてくれる人」「自分をマネジメントしてくれる人」と考えてしまうパターン。これでは、上司に答えを教えてもらわないと何もできない。いつまでたっても受け身のままだ。

仕事で成果を出す人ほど、「上司に使われる」という感覚が薄く、逆に「自分が上司を使う」という感覚があるという。上司にとっての「正解」を探し求めるのは、残念ながら「しなくていい努力」。自分のやりたいこと、自分が正解だと思うことを上司に提案するのが、仕事ができる人のやり方なのだ。

本書では、仕事にまつわる様々な「しなくていい努力」が、具体例とともに解説されている。もしかしたら、あなたが普段やっていること、考えていることの中にも「しなくていい努力」が潜んでいるかもしれない。

一生懸命やっているのに結果が出ない。
自己評価と比べると、会社からの評価が低い。

もしこんな状態にあるのなら、その可能性は高いかもしれない。

(新刊JP編集部)