創業52年の同人誌専門の印刷所「しまや出版」には「癒し課」がある。10年前から、保護猫たちがスタッフ「社猫」として、のんびりと「いい仕事」をしてきた。現在は、7匹の猫(うち2匹は在宅テレワーク)が在籍し、こだわりの本作りを応援している。

(末尾に写真特集があります)

猫が出迎えてくれる会社

 荒川と隅田川がすぐそばを流れる東京都足立区の一角に「しまや出版」はある。漫画や小説など自分の本を作って自分で売りたい人のための、同人誌専門の印刷所である。本作りの相談や打ち合わせに訪れた客は、玄関を入ると、まず「猫、大丈夫ですか?」と尋ねられる。受付や打ち合わせ室は3階。4匹の子猫たちがフレンドリーな接待をしてくれる。

「猫がダメという方はほとんどいませんでした。なぜか、みなさん、猫が好きですねえ」と柔和な笑みを見せるのは、社長の小早川さん。社員からは親しみを込めて、以前の役職名「本部長」と呼ばれている。

「打ち合わせ中も、ピョンと猫が卓上に乗って転がっちゃうんです。一気に和んで、本作りの話も弾みます」

 小早川さんは、13年前までは、印刷とは縁もゆかりもない業種のサラリーマンだった。結婚3か月後に、義父が急逝。義父が心を込めて本作りをしていた印刷所の廃業の危機を救うため、一社員としてこの会社に飛び込み、実績を積んできた。

美貌の「癒し課」主任

 現在の社屋は、元チョコレート工場。12年前、目の前にあった廃屋に居着いたキジトラ猫2匹が車にひかれそうになるのを見かねて、屋内に入れてやった。社員たちはみな、猫に優しく、猫に癒やされることも多かった。それで、10年前、2月22日の「猫の日」に、2匹を正式に「社猫」として採用、「癒し課」を発足させた。

 初代主任は、おばあちゃん猫だった「とら」。2代目は「タンタン」。今は2匹とも空の上だが、玄関先の壁に貼られた写真で客を出迎える。

 現在の「癒し課」に在籍する猫は、7匹。社内には主任1匹と見習い子猫4匹のあわせて5匹。社長宅の2匹は、会社のツイッターや「癒し課」専用ページに写真や動画でしょっちゅう登場するテレワーク組だ。

 主任の「ユキ」は、9歳になる真っ白なメス猫で、2階にある事務室を仕事場としている。スピーカー・アンプの上から、切れ長の美しい瞳で社員の仕事ぶりを眺めていることが多い。9年前、動物病院に持ち込まれた捨て猫だったが、ここに引き取られ、タンタン主任のもとで業務を覚えた。

 いまや、事務室でこよなく愛されるお局様。電話機を踏みつけて卓上を歩き回っても、仕事中のパソコンの上でくつろいでも、一切おとがめなしの特別待遇だ。

2匹は在宅でテレワーク

 小早川さんは、個人として、ときに社員有志とともに、被災地支援活動を続けている。縁があれば、被災地の保護猫を引き受ける気持ちでいた。

 東日本大震災後の福島への復興支援で知り合った現地の人から、茶白のオスの子猫を譲り受けたのは一昨年の1月。「きなり」と名づけたその猫とともに通勤を続けていたが、現在は在宅でテレワークをさせている。

 昨年9月に房総を襲った台風15号の後も、母の住む南房総に支援物資を車に積んで毎日通った。

 被害のひどい地域を回っていたときのこと。瓦礫の山からはい出てきたノラの子が、テレビクルーの足元をチョロチョロしているではないか。「危ないよ」と抱き上げたそのとき、ボランティアの人がうれしそうに「(保護してくださって)ありがとうございます!」。そのまま、車に乗せ、連れ帰ったのが茶トラのオス猫「ちくわ」だ。

 このちくわは、ユキ主任のお眼鏡にかなわず在宅勤務に。先輩猫きなりとは、すぐさま兄弟のように仲良くなった。

ユキの仲間に、保護猫4匹を預かる

 ところが、社員たちが、口々に言う。「ユキちゃんにも友だちを作ってあげて」

 きなりとちくわは、家で仲むつまじくしていることでもあるし、ユキの仲間を会社にもう1匹迎えてやるのもいいか。そう思った小早川さんは、保護猫サイトを毎日ながめた。すると、実家からほど近い漁港近くで保護された、子猫4きょうだいの写真に目が留まった。

 台風19号の前夜、89歳の千都子おばあちゃんが一人暮らす家の屋根裏で生まれた子猫たちだという。台風15号で被災し、ブルーシートで補修したすき間から入り込んだノラが出産したのだ。子猫たちは、茶トラのオスが2匹、キジトラのメスが2匹である。

「茶トラの兄弟を迎えたいという人が、新居の都合で、5月まで迎えられないとのこと。それで、茶トラ兄弟は5月までの預かりとして、4匹全員会社に引き取りました」と、懐の深い小早川さん。名前は、保護主から仮につけられていた「だいず・きなこ・あずき・しるこ」をそのまま受け継いだ。

 子猫たちを産んだサビ猫母さんは、避妊手術を受け、ときどき千都子おばあちゃんの家でまったり過ごしていくという。

 やってきた遊び盛りの4匹に、ユキは興味津々で、ときどき3階まで上ってきては、ガラス越しにガンを飛ばしている。焦らず少しずつ距離を縮め、仲良くなりそうならお互い行き来自由にするつもりだ。

「まあ、社に残す2匹が、キジトラの穏やかな姉妹なので、うまくいくんじゃないかな。それより、5月に茶トラ兄弟が出て行ってしまうときの心の準備をしておかなければ」と小早川さんは、早くもちょっと寂しげだ。

猫がいると優しくなる

 子猫たちのいる陽の当たる広い3階は、受付やミーティングルームであり、猫の保育ルーム兼社員の休憩室でもある。朝に昼に夕に、ここを訪れる社員は引きも切らず。陽だまりで猫たちと寝そべって「ああ、しあわせ〜」と昼休みを過ごす社員もいる。

 小早川さんは言う。

「猫がいると、気持ちが優しくなりますよね。コミケ(コミックマーケット)前など繁忙期の忙しさは壮絶ですが、みんな猫を触って『よし、がんばろう』と。猫にすれば『また、触りやがって』と思ってるかも(笑)」

 しまや出版に仕事のデキる社猫あり。そのことは、SNSでも知られ始め、「猫と打ち合わせしたい!」「ここで本を作ってもらって、猫たちのご飯代にしてもらいたい」といった声も増えている。

 小早川さんが義父から受け継いだ本作りのポリシーは変わらない。

「自分の本というのは、ひとりひとりにとって、宝物。初めての方にも優しくていねいに対応し、その宝物作りのお手伝いをしていきたい」

 そして、そっと言い添えた。

「猫のいのちも同じ。ひとつひとつが宝物と思って、みんなで大事に育てています」