文定(ムンジョン)王后は「朝鮮王朝3大悪女」ではないが、自分の子を王にするために働いた悪事を見れば、間違いなく典型的な悪女の1人といえる。

文定王后は一体どんなことをした人物なのか。

自分の子を王にするために

文定王后は、11代王・中宗(チュンジョン)の2番目の正室である章敬(チャンギョン)王后が息子の峼(ホ)を産んでから6日後に亡くなったことで、3番目の正室として迎えられた。

前妻の息子は文定王后に育てられるが、野心を秘めた彼女に疎ましく思われていた。

そんな状況で、ある事件が起きる。

1534年、息子の慶源大君(キョンウォンデグン)を産んだ文定王后は、自分の子を王にしたいと思うようになる。

朝鮮王朝では、後継ぎは長男がなるという原則であるため、慶源大君が王になるのは不可能に近かった。さらに、幼いころから聡明だった異母兄の峼は人望があり、陥れるのも難しかった。

しかし文定王后は諦めきれず、峼の命を狙うようになった。それについては、こんな逸話が残っている。

峼が宮殿で休んでいたときのことである。異常な熱気を感じて起き上がった彼は、宮殿が燃えていることに気づいた。峼は一緒に休んでいた妻を先に逃がすとその場に座り込む。

峼は、この火事を起こしたのが文定王后であることに気づいていて、親孝行のつもりで死を覚悟したのである。そのとき、外から彼を呼ぶ中宗の声が聞こえた。

自分を心配してくれる父親の声を聞いた峼は、炎に包まれた部屋から逃げ出した。(つづく)

(文=康 大地/カン・ダイチ)